信じること祈ること
先日田口ランディさんの講演を聞く機会がありました。
今回は信じること、祈ることについてのお話でしたが、田口さんのご家族のことや世界を旅をして祈ることを体で体験したというお話に、信じることや祈ることについてあらためて考えさせられました。
私の話をさせていただきますが、敬虔な仏教徒の祖父母を持つ私にとって「祈る、手を合わせる」というのはごくごく自然な行為でした。手を合わせながら死者に話しかけることは、道端で出会う猫に話しかけることと同じで至極日常の行為だと思っていました。*その段階でかなりおかしいですね 笑
ですから宗教の色濃い国や、信仰を感じるところが大好きで、ミャンマー、イタリア、本当に毎日飽きずにお寺や教会へ遊びにでかけてました。
「え、なんで?!」
あなたは何を信じ、なんのために手を合わせ、誰に祈るのか、、、
それをロジックで語れといわれると非常に困ってしまいます。
誰かを思ったり、自分の将来を思ったりするときに神にでもなく、仏にでもなくなんとなく念ずる自分がいる。それがどこに届くかわからないけれど、至極当たり前のこととして、ハッピーな結果を願い、そうであろうと信じる自分の心があります。
皆さんはいかがですか?
先日、仲の良い友達が蓼科へアイターンしました。「きっと大丈夫。私はあなたの毎日がきっともっとキラキラしたものであるように祈ってる」そういって別れました。
後日彼女から「種はまかないと芽をだしません。育って初めて刈ることができます。サイコさんの言葉を信じて、今は新しい生活を楽しんでます」
信じる力、祈りの力
私はそういうものの力を信じています 笑
それは私になにか特別な力があるとか「念じれば通ず」そんなことではなく、世界のどこかで誰かが誰かを思う気持ちはめぐりめぐって自分へやってくる、その支えによって自分は生かされているということです。
もちろん妄信的に祈りや信仰やなにかの運動につっぱしることに対しては疑問です。またみんなでNO!と言おう、そういうのも苦手です。ただ純粋に誰かを思う心としての祈りや信頼だったらステキだなあと思うのです。
さて田口さん。
お話をうかがって、ものすごいエネルギーをいただきました。なによりピュアな方だというのが印象です。
最後に、癌が再発し闘う我らが忌野清志郎氏のために祈ります。
現在彼のサイト「地味変」はアクセスが殺到して見れない状態が続いているようですが、直筆メッセージの「夢を忘れずに」という言葉に、たくさんの勇気をもらいました。
きっと大丈夫、そう信じちゃダメですか、、、、、
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