書籍・雑誌

2008年1月20日 (日)

「私の男」

直木賞受賞前から読んでいた「私の男」

忙しかったのとちょっと飽きてしまったのとで中断してたのですが、ふと最終章から読んでみることに、、、、

「大塩さんにとられちゃうのかなあ」娘の行方を案じ、そうつぶやく男

この男ほど娘を愛した父親はいないだろうと思える瞬間に涙があふれてまいりました。この二人の間には嘘がなかった、ただのひとつも嘘がなかった、ううん、嘘をつく必要もなかった。

なぜなら私の男は私そのものだから。

この父親と娘の関係を加害者被害者、、、具体的に父親による性的虐待の被害者である娘、、、そういえるだろうか。

世間体を気にして良い子と立派な親を演じてきた家族。成人して一流企業に入ってそれなりの暮らしをしてる。小さい頃は頼もしかった父親とは今はなるべく関わらないようにすごすようにしている、、、、それでも誇れる立派な家柄、立派な学歴、立派な勤務先、、、、

そんなそんな婚約者と対照的に小説の父娘は場末に生きるゴミだったのかもしれない。ゴミだってかまわないのだろう、二人の間にたぎるその血の濃さを思い胸がいっぱいになった。

私の男 桜庭一樹

http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/26/43/9784163264301.shtml
http://www.bunshun.co.jp/yonda/tokiwokoe/tokiwokoe.htm

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皆様のお役に立てますように Banner_02_6

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2007年11月29日 (木)

生きること邪悪であること

平気でうそをつく人たちそんな本を読んでおります。

これまたおもしろい、、、というより正直戦慄をおぼえざるをえないです。なにせ精神科医が執筆なさっているのですから、実際のセッションのようすとともに唖然とするような内容が次から次へとでてまいります。

自分は正しくて悪いのは相手という思考の方々の話しが延々と続くのです。

相手を悪く言う方に理由なんてありません。悪く言いたいから言うだけです。いくら相手が100%正しかろうと、少なくとも間違いをおかしてなかろうと、たとえ自分に非があろうと、、、悪いのは相手だと言いきる人たちの話しです。

私は違う?!そう思う人の、その自信はどこからくるのでしょうね。

「私は先生を愛しているのです。ですから先生も応えてくださらないと。なぜ私の気持ちがわからないのですか?先生のことを尊敬しお慕いしているのに、、、どうして?」そういって先生の身辺をうろつくクライエント。

先生;カウンセラーがクライエントと肉体関係を持つなんてありえないことなのに、「自分の思いを遂げるためには、先生はそれに応えないといけない」という道理をぶちかますのです。

ひやあ。まるで映画ミザリーのようですね。

さてここまでを読まれた皆様はセッション=カウンセリングを受ける人たちに問題があるというようにとらえられるかもしれませんが、とんでもないことです!!この本ではクライエントの事例でしたが、実際はカウンセリングなどうける気のない人の方があやうかったりするというのが私の見解ですし、この本でもその点を厳しく、そして痛ましく指摘されてます。

そもそもカウンセリングを受けようと思う方は内省的で、自分を省みることのできる人たちです。かわりたい、もっと良い生き方をしたい、、、そういう思いで生きてらっしゃるのです。しかし、この本に描かれているのは、「自分は正常だ」と言い切り何食わぬ顔で通常の生活をおくる人たちなのです。

三面記事的な話になるかもしれませんが、意外と社会的に地位があったり、いいところの息子だったりするのが、暴力亭主だったり、痴漢だったり、ストーカーだったり。良いところのお嬢様や人妻が高級コールガールだったり、、、ただそういう人はプライドばかり高く打たれ弱いから、自分より弱いものに暴力をふるったり、失業しても毎日スーツに着替えてでかけるふりをしたりするのです。「うつ病になるのは弱い人間だ!!」と部下に暴言を吐いてみてもいざ自分がうつ病になると誰にも打ち明けられません。恋人と別れたらほとんどストーカーと化し無言電話、匿名メール、相手の会社や実家に二人の間にあったことを語ってみたりますます嫌われることしか思いつきません。そもそも思考回路が、すべて人のせい、世の中のせいになっているのです。

仮にカウンセリングをうけることになったとしても「カウンセリングなんか受けるような自分が情けないです」「こんなとこには来たくなかったです」

あれれ、意外と主体性がないのですねえ、、、、まあ、正直この際何も言わないです。ただ聴いてみたいのは「ありのままの自分ってどんなですか?」「こころから笑ったことありますか?」「思い切り泣いたことありますか」

誰かにやさしくされたこと、やさしくしてあげたこと、、、、ありま、、、、、、せんよね。

ところでアナザヘヴンという小説、ご存知でしょうか?これまた人の悪や欲望を狙ってその脳を征服する、人間ではない生き物「ナニカ」の話しです。小説の終盤に「ナニカ」は何かわからないけれど存在するということが明らかになります。主人公である二人組みの刑事は「ナニカ」と死闘を繰り広げ、まさに悪を征することができます。しかしこの小説からは「世の中本当に一番怖いのは生身の人間ではないだろうか」そんなメッセージを感じましたが読まれた皆様はいかがでしょうか。

liveとevil:生きることと邪悪であること、反対から読むとこんなに違う言葉になる。*平気でうそをつく人たちより。

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2007年8月29日 (水)

本がたまってたまって

皆さん、どんな本をお読みになりますか?

私の家にはテレビがない、すなわちゲームもない、DVDなどない

そんな生活をしておりますので、家で家事以外にすることと言うと本を読むことです。読むのがものすごく早いのもありますが、たぶんこの半年で5~60冊は読んでおります。

ただ、本を読むことは好きですが所有することは嫌いで、いつもどこかに寄付するか、知人に差し上げております。つい先日も外国から訪れていた知人に30冊程差し上げましたが、またまた15冊ほどたまってしまいました。

図書館で借りればいいという話もありますが、以前、図書館の真裏に住んでいたころはけっこう頻繁に通いましたが、今はちょっと遠くなってしまいそうそう行く気にならないのです。また図書館の開いている時間と自分の暮らしがあわなくて、、、、。

で、通りすがりに買うことしきりで、こうして本の山が作られてしまうのです。

専門書はストックせざるをえないし、趣味のアートブック、写真集の蔵書もけっこうな量になります。するとその他文学、エッセイなどをストックしておくわけにいきません。

ところでそのジャンル。

今までまったく意識しておりませんでしたが、先日彼に「キミの読む本は、人の内面をえぐったような作品が多い、重いよ」と言われたのです、、、

そういうつもりはなかったのですが、、、、暗いってことかいっ??????

ちなみに最近読んだ本でおもしろかったもの。

梁 石日         闇の子供たち 

              血と骨

馳 星周          M

石田衣良         赤と黒

森村誠一         人間の証明

みんな大好きな作家さんばかりですし、どれもこれも秀作だと思われますが暗いでしょうか?って実は映画もフィルムノワール、けっこう好きです。フランス映画の「オリヴィエオリヴィエ」、イギリス映画の「やわらかい殻」など戦慄をおぼえますねえ。あとは「羅生門」なんか最高です。

うぅーん、暗いかどうか????

そこで上記の小説の共通項を探ってみました。

「共感できる登場人物がひとりもいない=正直みんな好きなれそうにない人ばかりです!」

ではなぜそういう作品が好きかを自問してみました。

自分が正しいと思って生きるのは自由だ。

然るに世の中に正しい人間などいない。

また私自身が不健康でノワールな部分を持ちながらもこうして生きながらえている。

そんな自分の抱える闇を隠すことはない。たいした闇でもない。

また世の中のすべての人に愛される人、ひとつの瑕もなく、欠点のない完璧な人間などいるのだろうか。

私は世の中を嘆くのでなく、闇の中に一筋の光を見出し、泥から生まれた蓮の花を見ることができたらいい。

ところで悪とはなにを持って悪と言うのだろう。

だから懲戒善悪なんてまっぴらゴメン

どんな人間だって生きていたってかまわない。

そんな結論導く段階で暗い????

本人まったく暗いつもりはなかったのですが、、、、「ねえ、私って暗い?」そう尋ねてみましたら大笑いされました。実際の私はごくごくフツウの人のようです。

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2007年5月14日 (月)

僕は殺す;本の紹介

僕は殺す

お友達が訳した本の紹介です。

以下訳者=友達の日記から

愛してるんです。だから、殺すんです。
 こう言うと、「報われない愛が憎しみに変わり殺しへ」というよくあるパターンをご想像されるかもしれませんが、まるっきり違う。
 恋愛感情などではなく、もっともっと激しく深い。だから、とっても切ない。
 愛がたっぷりのノワール小説。そのへんがとてもイタリア的だと思い、惚れこんで、「ぜったいだから」と騒ぎまくり、「こんなレジュメじゃわからん」だの「作品が長すぎる」だのとさんざん叩かれつつ、「でも、でも、でも」と食いさがり、売り込んだのでありました。
 この作品、本国イタリアでは「売り上げ350万部突破」という、近年まれにみる超メガヒットであったため、文春さまも「じゃ、試してみるか」と思い立ってくださったのであります。
『僕は、殺す』はモナコ公国が舞台の連続殺人事件を描いたものです。
 世界を股にかけて活躍する人々が次々に登場する豪華絢爛さ。
 聴く者の心を掴んで離さない孤独な人気DJ。妻の自殺という、心の傷を癒しきれずにいるFBI捜査官など主人公も魅力たっぷり。
「読んでぜったいに失望しない」と、太鼓判を押します。

南仏は私にとってなじみのあるところです。

友達のヴィラ、穏やかな太陽の陽射しを浴び、凪いだ海、乾いた空気。

しかし原点はさかのぼることウン十年?!

物心つくかつかぬころに親と一緒にみたアランドロンの「太陽がいっぱい」です。

美しい地中海を舞台に繰り広げられるサスペンス。あまりに美しい男の悲しい横顔とラストのシーンに衝撃を受けました。

なんて不条理なことでしょう。

はてさてこの小説「僕は殺す」も光と影、明暗、白黒、陰陽、スリルとサスペンス。恐怖とそれに伴う快感。一見相反するものの描写が非常に繊細に描かれております。

登場人物はひとくせもふたくせもあるとはいえ、誰もが持つペルソナ=仮面を特化しただけともいえます。

どこまでも純粋な青年。トラウマを抱えたFBI捜査官。支配欲、権利欲、地位と名声を得てもまだまだ枯渇している軍の英雄。孤独なDJは人の闇に語っているのではなく自分の闇に語っているだけ。なんだか交流分析してしまいそうです。

正直マーダー=猟奇殺人なので苦手な方は苦手かもしれません。だいたい殺人の動機がなんであれ、次から次に人が殺されるのは気持ちのよいものではありませんよね。ただ挑発的な犯人にシンパシーを感じ、「逃げて、捕まらないで!」と知らず知らず応援しているのはなぜでしょう。
江戸川乱歩の小説「大暗室」のような感じで、闇の帝王VS正義の王子みたいな感じで、追うもの、追われるもの両方頑張れという思いを抱きながら読みすすみました。

あ、、、、、太陽がいっぱいで最後に死体が上がってきたときに、すごく悲しかったのを思い出しました。「捕まらないで欲しかった、幸せになって欲しかった」そんな気持ちがあったから。

人を殺したヤツは幸せになれないって?!

確かにそうかもしれませんね。でもね。世の中、何が光で闇か、陰で陽か、正義で悪か。はっきり答えられますか?何がmoraleで何がimmoraleか。

おもしろい小説です、ぜひ手にとってみてください。

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