平気でうそをつく人たちそんな本を読んでおります。
これまたおもしろい、、、というより正直戦慄をおぼえざるをえないです。なにせ精神科医が執筆なさっているのですから、実際のセッションのようすとともに唖然とするような内容が次から次へとでてまいります。
自分は正しくて悪いのは相手という思考の方々の話しが延々と続くのです。
相手を悪く言う方に理由なんてありません。悪く言いたいから言うだけです。いくら相手が100%正しかろうと、少なくとも間違いをおかしてなかろうと、たとえ自分に非があろうと、、、悪いのは相手だと言いきる人たちの話しです。
私は違う?!そう思う人の、その自信はどこからくるのでしょうね。
「私は先生を愛しているのです。ですから先生も応えてくださらないと。なぜ私の気持ちがわからないのですか?先生のことを尊敬しお慕いしているのに、、、どうして?」そういって先生の身辺をうろつくクライエント。
先生;カウンセラーがクライエントと肉体関係を持つなんてありえないことなのに、「自分の思いを遂げるためには、先生はそれに応えないといけない」という道理をぶちかますのです。
ひやあ。まるで映画ミザリーのようですね。
さてここまでを読まれた皆様はセッション=カウンセリングを受ける人たちに問題があるというようにとらえられるかもしれませんが、とんでもないことです!!この本ではクライエントの事例でしたが、実際はカウンセリングなどうける気のない人の方があやうかったりするというのが私の見解ですし、この本でもその点を厳しく、そして痛ましく指摘されてます。
そもそもカウンセリングを受けようと思う方は内省的で、自分を省みることのできる人たちです。かわりたい、もっと良い生き方をしたい、、、そういう思いで生きてらっしゃるのです。しかし、この本に描かれているのは、「自分は正常だ」と言い切り何食わぬ顔で通常の生活をおくる人たちなのです。
三面記事的な話になるかもしれませんが、意外と社会的に地位があったり、いいところの息子だったりするのが、暴力亭主だったり、痴漢だったり、ストーカーだったり。良いところのお嬢様や人妻が高級コールガールだったり、、、ただそういう人はプライドばかり高く打たれ弱いから、自分より弱いものに暴力をふるったり、失業しても毎日スーツに着替えてでかけるふりをしたりするのです。「うつ病になるのは弱い人間だ!!」と部下に暴言を吐いてみてもいざ自分がうつ病になると誰にも打ち明けられません。恋人と別れたらほとんどストーカーと化し無言電話、匿名メール、相手の会社や実家に二人の間にあったことを語ってみたりますます嫌われることしか思いつきません。そもそも思考回路が、すべて人のせい、世の中のせいになっているのです。
仮にカウンセリングをうけることになったとしても「カウンセリングなんか受けるような自分が情けないです」「こんなとこには来たくなかったです」
あれれ、意外と主体性がないのですねえ、、、、まあ、正直この際何も言わないです。ただ聴いてみたいのは「ありのままの自分ってどんなですか?」「こころから笑ったことありますか?」「思い切り泣いたことありますか」
誰かにやさしくされたこと、やさしくしてあげたこと、、、、ありま、、、、、、せんよね。
ところでアナザヘヴンという小説、ご存知でしょうか?これまた人の悪や欲望を狙ってその脳を征服する、人間ではない生き物「ナニカ」の話しです。小説の終盤に「ナニカ」は何かわからないけれど存在するということが明らかになります。主人公である二人組みの刑事は「ナニカ」と死闘を繰り広げ、まさに悪を征することができます。しかしこの小説からは「世の中本当に一番怖いのは生身の人間ではないだろうか」そんなメッセージを感じましたが読まれた皆様はいかがでしょうか。
liveとevil:生きることと邪悪であること、反対から読むとこんなに違う言葉になる。*平気でうそをつく人たちより。
こころのことはハーティ新宿へ
連載を読んでの感想楽しみにしております。cocorofuwafuwa@ヤフー.co.jp
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