題名のない子守唄
ジュセッペトルナトーレ監督といえばニューシネマパラダイス!
どこかセンチメンタルでノスタルジックなエンニオモリコーネの音楽とともにシチリアへの郷土愛がつづられる、、、そんなイメージがありますが、この作品はそのお約束のパターンを見事に裏切るサスペンス。東欧と西欧の格差、男と女の格差、そして貧富の差がイヤというほど描かれます。
踏みにじられても決して屈しない主人公は、ゴミ溜めの中に暮らしとことん打ちのめされても自分の欲望を実現させていこうとします。そんな彼女はやられたらやられっぱなし泣きっぱなしの幼女;お嬢様にどうサヴァイヴするかを仕込みます。
やられたらやり返せ、やり返す相手がいなかったら近くにいる他の誰かにやり返せ。
幼女相手にほぼ折檻、ほぼ虐待ともいえるようなことを繰り返します。しかし彼女の真剣さは幼女を心から愛するからこそのもの。小さな小さな女の子は彼女を信頼するようになります。
しかし彼女の味方はその幼女だけ?!どん底の人間の行き着く先は闇の中しかないのでしょうか?
舞台になった東イタリアのトリエステという街。
私はその街の名の響きさえ苦手。イタリア語でトリステ(悲しい)という言葉があるのですが一文字違いのその響きを聞くたび寒い気持ちになるのです。イタリアの西海岸;地中海側はそれこそフランス国境からシチリアまですべて廻った私ですが、東側アドリア海側は、何度も何度も行こうとしたのですがさまざまなトラブルによって阻まれました。
どうやら縁がない=呼ばれていない=鬼門ですか?!
ということで、この映画で初めてお目にかかったトリエステでしたが、新鮮でありやはり物悲しいものでした。ただラストのシーンでジュセッペの主人公への愛、人を信じるものの強さを確認してほっとした私です。また、ある意味では今のイタリアがよくわかる作品といえるかもしれません。よろしかったらどうぞ☆
*格差社会;イタリア、そして女性の社会進出が日本よりずーーーっと進むイタリアでは週に1回でも家政婦を頼む家がとても多いです、またベビーシッターや乳母を頼むというのもごくごくフツウのことです。お金持ちの友達の家には住み込みのメイドさんがいて、「リゾットお願い、あ、1人分フォルマッジォ抜きで」と内線で指示すると、まさに「萌えなメイド服」を着た褐色の中年女性がニッコニコと現れます。食事が終わると「終わったわ」それが本当のお嬢様の姿。で映画の中の幼女と彼女の関係は特殊といえば特殊ですけれど、ある男友達など「乳母に会いに行くからつきあって」と私も一緒に彼のかつての乳母だった女性の家でお食事をいただいたり。なんだかお母さんふたり。田舎がもうひとつって感じでした。
連載を読んでの感想楽しみにしております。cocorofuwafuwa@ヤフー.co.jp
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