日記・コラム・つぶやき

2008年6月26日 (木)

みんな違ってかまわない  2

前の記事ではイタリアの口頭試問をご紹介いたしました。他との違いを明らかにした上で、他を認め受け容れていくのが西洋ではないかと。

対して日本。日本人は人と異なるということを非常に恐れ,和を尊ぶ文化です。

個として、何を考え、何を重んじるかよりも、みんなと仲良くすることができて、和を乱さないよう振舞うかに重きをおきます。それが日本的な奥ゆかしさや寛容さにつながるのかもしれないですし、相手の気持ちを慮るという気質もそれゆえかもしれません。

ところで、私のところへは「人とうまくやっていけない」と悩む方がたくさんいらっしゃいます。

お話をうかがっていると「納得しなくても納得したふりをしたり、疑問を感じてもそれを口にしないようにする」「イヤなことでもとりあえず言われっぱなし、そんな自分に葛藤をおぼえる」と言ったことですが、「良い子でいたかったり嫌われたくないという」思いがおありのようです。

社会生活を営んでいく上で、ある程度の妥協、我慢、寛容さは必要です。

また、すべての物事に動機が必要なわけではないと思います。「なんとなく」もありだと思います。ただ結果として心と身体のバランスを崩し、なんらかの不協和音を感じ「そういえば私はナニをしたかったのかな」とふりかえるようではもったいないなあと思います。

それでもふりかえったのでしたら、まだ大丈夫。

一番残念なのは、何も疑問を持たず流されていくだけの人生?!

大切なのは、ひとりのときも誰かと一緒のときも、心の奥に湧き上がる感情に気づいてあげること。他との違いを恐れることなく、周囲を意識することなく、そーっとそーっと自分の事を抱きしめてあげてください。

そうやって自分自身を大切にできる人は他の誰かのことも大切にできるのではないでしょうか?

拒絶に対して果敢に挑む西洋的石の文化。大きな受容、しかし流れに飲まれるかのような東洋的水の文化。

いずれにせよ人は皆違う。そんなのは当然のこと。その上で疑問を持ったり、シンクロしたりしながら互いを受け容れていくことができたらいいですね。

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2008年6月25日 (水)

みんな違ってかまわない  1

今、イタリアは卒業試験の時期です。
イタリアというよりヨーロッパの試験といえば口頭試問ですね。

興味深いテーマを定めることも大切ですが、いかに魅力的なプレゼンテーションをして審査官の興味を引くか、説得力のある話をできるか。などが焦点となります。
 高校卒家試験のことをイタリア語で「Maturita’」といってそれは「成熟」を意味します。
つまり、「社会へ出て、きちんと生きていけるほどオトナだ」ということを証明する機会でもあるわけです。だからこそ、先生の質問を口八丁手八丁で交わしつつ、自分に有利な方向へ話を進めていく術も評価の対象になります。

「マジメでありさえすれば口下手でも多めに見てもらえる」という甘えは許されないし、「審査官に好印象を与える態度」もきちんと身につけていなければなりません。」

そんなメッセージを友人から受け取ったところです。

イタリア人はおしゃべり好きで好奇心が強い?!

しかしただおしゃべりが好きなだけではないです。なぜそう思うのかということから、その人の人と成りを見定めていきます。

夏のシチリアでバカンスを楽しんでいたところ、「こんにちは、僕はアレッサンドロ8歳です。よろしければお話しませんか」とナンパされたことがあります。

「シィ、もちろんかまわないわ」

「あなたは日本人ですね。僕は日本のマンガが好きで、僕は空手を習っています。将来は日本に行ってみたいと思っています。」

「まあ、それはステキね、ところでどのマンガが好きなんですか?」

「北斗の拳が好きです。なぜなら彼は強いからです。僕もあぁなりたいです。」

「親が習えと言ったから」じゃなくて、「彼のように強くなりたいから」たった8歳でも明確な自分の意志があるのです。もちろんきっかけは親が習えといったのかもしれません。しかし、初対面の私に「なぜなら」を用いて彼は自分を紹介してくれました。

さて、学生達。

試験官はイジワルなんだよね、、、そういうしめっぽい話は一切なく、その「やりとり」さえ楽しめるかどうか、周りの拍手をさらうことができるかどうか、学生達はそこまで自分自身にperche'を繰り返します。
*国民全員役者?!国民全員、検察と弁護士?!そのやりとりは見事なものです。

「なぜなら」から始まるロジックはユニーク=唯一無二なものです。「人はこんなにも違うものだよ。」という主張した上で、他を尊重していこうと考えるのがイタリア;西洋的発想のようです。

続く

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2008年2月17日 (日)

東京マラソン

あとまもなくで東京マラソンがスタートします。

わがハーティ上空もヘリの旋廻が著しくなってきました

こんなにこんなにピカピカお天気、それだけでも涙がでそう。

去年はずーっとある精神分析の講座のため、皇居付近で監禁じゃなくて勉強していたのですが雨の中を走るランナーさんが痛々しかったですもの。

みんなみんな良かったね。せめてお日様はみんなの味方ですよぉ!!!

マラソンタイヘンでしょってたぶんみんな言う言葉。同じように私が摂食障害だったというと、哀れむような顔でタイヘンでしたね、、、って皆さんおっしゃる。アレルギーというだけでタイヘン、かわいそうと続く。

タイヘンだったような気がするし、たぶんタイヘンだったのだと思うし、、、

摂食障害のことを話すことができるのならそれは私にとってさして大きいことではなかったのかもしれない、もっともっと悲しいことはたくさんあったし、思い出したくないこともある、そして誰にも話せないことも。そんなことの現れ方としての摂食障害でアレルギーだったのかもしれない、人間とはあまりに複雑だ。

ただ、話さない自由。話さないことで自分を守るという自由もある。

今生きていること。素直に感謝できるので私は幸せです。

明日は大好きなタマちゃんに会うのでスノーボールを焼きました。これまた卵乳製品フリー☆タマちゃんがアルゼンチンから帰ってきて4年。支えられてるってこと感謝。

さあ、まもなくまもなくスタート

ランナーの皆さんも応援の皆さんもボランティアの皆さんもみんなみんなファイトー!!

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2008年2月 5日 (火)

愛してるよ

お世話になった方が急逝、今日は護国寺へ。

ちょうど一ヶ月前に「ハイ、お年賀」とお菓子をいただいたばかりでしたので、さすがにびっくりしました。あたたかい人で、いつも笑顔というより存在が笑顔、、、そんな感じの人でした。昭和9年生まれ、私の父とほぼ同じ年の方でした。

故人と30年一緒に仕事をしてらした方が思い出を話してくださいました。昨年末ひょんなことから8日間に渡ってある商品の発送作業をお手伝いなさったそうですが、どうしたものか、その方;故人がご自分の出生から今までを毎日作業をしながら語ったというのです。

30年お付き合いして初めてですよ。まるでA氏物語1話~8話みたいでしたねえ。なんでもね、Aさんのお父さんが再婚したのはいいけれど、お父さんの連れ子だったAさん兄弟は徹底的にいじめられたらしいんです、年の離れたお兄さんは海軍少年兵に志願してその家をさっさと出たけれど、ひとり残されたAさんは食べるものもひとりだけ違うものがだされたって、そこまでいじめられてひとりぼっちだったって、、、だからあの人は食事を大切にする人だし、人を大切にする人だったんですよ。中学校を卒業して印刷会社に入って、そしてそのときの仲間と会社をおこし、、、

そんなことを聞きながらふとお茶を頂くテーブルに目をやると、小さな花がなんとも品良く飾られています。お花の世界にこの方あり、、、そんな故人でしたから、この葬儀もちゃんとプロデュースされているのですね。読み上げられる弔電の数々もそうそうたる企業、および代表取締役の方々のものばかりです。

出棺前に喪主(故人の長男)のご挨拶がありました

私は母(故人の妻)を10年ほど前に癌で亡くしております。ある日母は病床で父の手を握りながら「愛してるよ」と言いました。父と同世代の皆さんにしてみたら恥ずかしくてとても言えない言葉かもしれませんが、母はその言葉の通り父を本当に愛していたのです。そして父は照れながらもその手をしっかり握っていました。母だけでなく私も、私の嫁も父を愛していました。またこうして皆さんにも愛されていたことを誇りに思い、心からありがたく思います、、、

さすがにホロリ。まるでホタルの墓のような悲しい幼少時をすごされようと、こうして皆に愛される人生だったこと、またそうやって受け取ったたくさんの愛を広く世の中に還元する人生だったこと。もうお会いできないのは寂しいことですが、愛する妻の元へ「やあ、待たせたね」とでも言って現れるとニコニコ手を取り合っている、、、、そんな姿を想像すると温かい気持ちになりました。

愛してる。

ちゃんと言えるといいね、もうすぐバレンタインだし。

cookpadにバレンタインレシピ第一弾upしました。

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2008年1月18日 (金)

手紙やハガキ、そしてネットのこと

今日はあわぽんさんのentryで近況をつげるその方法を考えました。

現在、電話はともかく、こうやってブログでリアルタイムな自分の考えをお伝えできたり、インターネットの普及によってメールやチャットや、なんだかんだ色々な方法を使って人との交流や会話?!ができる時代ですね。さまざまな弊害はあるにしろ、便利でなにより。これも使い方、そして自分の心の在りかた次第だと思う昨今です。

ところで皆さんはインターネット歴はどのぐらいになりますか?

私は96年の今頃から始めました。海外に行く機会が増えてきて向こうで出会ったアメリカ人の男性にすすめられたのです。ところが日本のプロバイダというのが存在していなくて(yahooJAPANもまだなかったです。)当然hotmail.comかyahoo.comでドメインをとります。しかし取ってみたところで日本の友達だーれもインターネットなんかやってないのです。

海外で途方にくれる私。
日本にいる間はネットカフェに通いましたがほんの少ししかないし高いし。同じように海外でもみつけるのはちょっと難しくって、、、、。
ですから長期の旅行中はCPO中央郵便局局留めでエアメールを受け取りましたし、イタリア滞在中はエアメールが届いてるよぉと言われるたびうれしかったものです。

あぁ長い旅をしてきたんだなあ、ありがとう。

無事ついてくれてありがとう。

元気でいるようでなにより、ありがとう。

思い出してくれてありがとう。

今でも大切な手紙やハガキはとってあります。絵とか文字とか描いてあるそれらの紙は宝物だったりして、みるたび元気になるのです。

モノを贈るんじゃなくってこころを贈るんだよ、、、そんな言葉を思いだしながら。

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2007年12月26日 (水)

クリスマスのこと

クリスマスだし三連休だったみたいな週末。皆様いかがすごされましたか?

私はクリスマスって好きです。
幼稚園がミッションスクールの付属だったのですが、クリスマスも含めてステキな思い出たくさん。帰国子女や外国の子がおりましたし、外国人の先生やシスターが英語の歌を教えてくださったり、むこうの紙芝居なんかをやってくださったり。制服もとってもオシャレでした。マリアさまにあふれたバザー、芝生の校庭の運動会。そして今の時期の美しい飾りつけ。小さな私達はイエス生誕のお芝居を演じ、園からは美しいマリアさまや羊のカードのプレゼント☆

「西洋で仏教の幼稚園なんて考えられない、だから日本人ってヘン!!」

そうじゃなくて異文化に触れるきっかけを与えてくれた両親に感謝しております。

ところで、ちょっとだけ残念なのは日本でクリスマスと言うと「恋人とすごすための日」になってしまっていることです。
イタリアでは、あくまでイエス誕生のお祝いをする日。皆が生きているのはイエスあってのもの、その感謝の思いをシェアしようという日です。ですから家族のいない外国人の私を決してひとりにしないよう皆が気を使い、家に招いてくれましたし私もプレゼントを用意して仲間入りいたしました。仮に私が異国でひとりぼっちだという事実を知りながらひとりにしてしまったら罪になる!!とでも言わんばかりです。
彼らにとって当たり前のことでも私を家族として迎えてくれた皆を思い出すと感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。

せめてその恩を忘れずにと、ご縁のある方に贈り物を選ぶ東京のクリスマスもステキです。

さてさて昨日はクリスチャンな南インド料理屋さん、ムットさんでお食事してまいりました。小さなお店が無条件に相席状態。忙しくててんてこまいなムットさんファミリーを応援するようなハラハラするような、、、、そして譲り合い助け合い???妙な連帯感も生まれて、、、なんだかみんなでクリスマス会しているみたいな夜でした。

並びには今回のこのスペシャルディナーを紹介してくださったUSHIZOさんと皆様がいらして、最後にご挨拶をして帰りました。ステキなひとときすごせました☆ありがとうございます。

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2007年12月 8日 (土)

今日はなんの日?!

さあて今日はなんの日かおわかりになりますか?

ハイ。開戦記念日=真珠湾攻撃の日です→http://allabout.co.jp/1/211945/1/product/211945.htmそんなこと大きな声で口にしたら左翼団体の皆様の大顰蹙でしょうねえ。

朝一で散歩がてら靖国詣。

夏に両親に会ったおり、真珠湾攻撃で戦死した大叔父の直筆の遺書(もちろん複写)を見せられました。大叔父は予科練で英才軍人であるための教育をうけ厳しい訓練を重ね、1941年の今日12月8日ハワイで亡くなったといいます。

「私は末子として生まれ、ご両親さまと過ごすこと一番少なく、またこうして親孝行することなく旅たつことをお許しください   略    お国(天皇陛下)のために死ねることを誇りに明日空母赤城で敵国アメリカ真珠湾へ向かいます。   略   靖国の地で会いましょう。」そんな遺書でした。*記憶をもとに書いておりますが大体こんな感じ

いよいよ日本を発つという12月5日、彼はどういう思いで遺書を書いたのでしょうか。志願兵しかも海軍予科練というエリート軍人と言え、たった24歳です。死への恐怖がないわけありません。家族、故郷への想いもつきることないでしょう。しかし最後まで軍人として気高く迷いのない達筆で、それでも精一杯の自分の思いを書いています。
歴史はすべてが真実ではありません。誰でも悪いことは人にしたことよりされたことをおぼえております。ですから我々の歴史は常に唯一の被爆国であることを強調いたしますが、この12月8日があったからその悲劇がおきたということどれだけの方が認識しているのでしょうか。

映画になるのはヒロシマ、ナガサキ、特攻隊、学徒出陣、オキナワ。しかし12月8日も悲劇の日で、大叔父のような若者たちが己の死をもって開戦の火蓋を切ったのです。

そこで志願兵だからしょうがないじゃん。

そう思った方がいらっしゃると思います。私も今までこの大叔父の存在を知らなかった頃はそう思っておりました。しかし皆が貧しかった時代、なんらかの事情があり末子の彼は志願することを選んだのかもしれません。ちなみに日本よりもずーーーっと階級社会、他民族国家であるアメリカでは貧しい若者が志願兵として兵役につきます。兵役につく分、大学の学費が免除されたり、なんらかの手当てをいただくことができるからです。富裕層は、そんな志願兵が外地でどういう境遇ですごそうと、帰らぬ人となろうと「好きで行ったんでしょ」と一蹴する、、、そんなことを読んだこともあります。

誰も人を殺すことを志願したわけでも、自分が死ぬことを志願したわけではないと思います。ってキレイごとで、実際は軍マニ=軍事マニアとかいるのかもしれませんが、、、、、、今回この大叔父の遺書をみて、死への恐怖、別れの悲しみが伝わり胸がはりさけそうでした。

そうして今日の靖国。しょっちゅう通る場所ですし、お花見で大騒ぎする靖国ですが、今朝はあの大きな大きな鳥居をくぐった瞬間、涙があふれてまいりました。自分でも、え、、、なんて思いながら、二拝、二拍手、一拝。なあんにも考えられず、ただただ手をあわせてまいりました。

帰り道の迎賓館、外苑、見慣れた景色が違ってみえたのはなんでかなあ。生きてること=すばらしいこと。ただただ感謝。

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2007年11月23日 (金)

うつ病大国?!

いつも興味深く拝見しているブログで、こんなニュースを発見いたしました。

フランス人五人に一人がウツに悩んでいる」と伝える16日のフィガロ紙です。Credoc(Centre de Recherche pour l'Etude et l'Observation des Conditions de Vie:暮らしに関する調査研究センター)の調査によると、今現在ウツ状態にあるという人が5%、ここ3ヶ月の間にウツ状態を経験した人が13%、過去3年の間に経験した人が17%だそうです。5%と13%を合わせて18%、見出しの五人に一人となるわけですね。

特に多いのは、18-25歳の男女、35-44歳の男性、45-54歳の女性だそうです。若い世代では、進学、就職などのストレス、40歳前後の男性には職場での責任や解雇の恐怖感、50歳前後の女性では更年期や老後への不安・・・これらの理由は私が勝手に推測したものなのですが、こう考えると、国は違えど、同じようなことに悩んでいるんだなと思えてきますね。日本人と対極にあるように感じていたフランス人が、急に身近に思えてしまいます。フィガロ紙の記事は世代ごとの理由は紹介していないのですが、フランス人全体としてウツに悩む人たちの背景には、「不安感」、「孤独感」、「老いへの不安」があると指摘しています。」
50歳のフランス滞在記さんの日記より。

いわゆる日本と真逆なフランス。

村社会的集いから逃れられず、みんなと同じことに安堵し、かつ苦しむ我々日本人。

個人主義。個性をだしてなんぼ、人と同じなんてありえない、議論大好きフランス人。

自殺大国日本に対し、うつ病大国フランス?!

なあんだフランスも病んでる。

そう思われたでしょうか?

ただ私としては毎年3万人を超す自殺者数を思えば、うつ病罹患率がフランスより低いとも思えないのですよね。

と申しますのは、まだまだ日本では「うつ」の「う」の字も口にしようものなら大騒ぎなのが現状です。「先生違う病名書いてください」と訴える方の話もよく耳にいたしますし、精神科通院歴なんかあったらお嫁に行けませぬなんて、ホンキで考えている親御さんだっているのです。

深刻なのは寡黙で強いオトコ=いわゆる「日本男児」。

男性の自殺率は女性のその2.5倍といいます。病院にも行かず、誰にも苦しみを告げず、突然電車に飛び込むのでしょうか、、、、

うぅーん。愛だよ、愛、、、、じゃなくって、、、、

まず誰かに打ち明けること。

打ち明けられた人は「病気は弱さじゃない」ということを伝えてあげた上で、専門医の診察をすすめていただきたいです。

最後にマザーテレサの言葉をどうぞ。

人々は忙しすぎます
何かに夢中で時間がありません
互いに微笑みを交わす暇さえないのです

食べ物に飢えた人ならば 食べ物を与えればその飢えは満たせます
けれど孤独な人の心の貧困は、もっと深刻なのです
よく見れば 世界中に“コルカタ”があります

愛への激しい飢え
誰もがその苦痛や孤独を 人生で経験します
家族の中にもいるかもしれない“貧しい”人々を見出し、愛し、 愛を実践に移すのです

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2007年11月12日 (月)

秋の日のすごしかた

夕方、本を持って近所のスターバックスへでかけました。
持って行った本はサガンの「悲しみよこんにちは

大好きです。人生も小説も。何度も何度も繰り返し読む悲しい南仏の物語。瞼に浮かぶのは友達一家とすごした南仏マントンの柔らかい太陽と凪いだ海。

南仏の乾いた太陽には恋と悲しみが似合う。

あっと言う間に読んでしまうのですが、読むたび毎度おぼえる戦慄とシンパシーをいまだ上手く表現できずにいます。自分の思ったこと感じたことを文字にする作業って難しいですね。このシンパシーはアンヌに対しておぼえたものか、17歳のセシルに対しておぼえたものか。

アンヌ

大人の女性。美しく聡明で気高く、だけど教育的で母親然として、、、セシルにとってはちょっと目障り。

しかしそんなアンヌだって傷つくのです。わなわなと震える手でハンドルを握るとリゾートを後にします。南仏の入りくんだ道路はさらなる悲劇を招きます。

なぜかこのとき「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」と心の中で謝る私がいます。

私の心にもセシルがいるのですね。美しいアンヌに嫉妬して、ちょっといたずらしてやろう、私の自由を奪われてなるものか、、、そんな幼い自分がいたようです。

お休みの日

皇居まで走りに行ってまいりました。都内ってランニングする方が本当に多いです。たくさんのランナーさんを見ると良い刺激です。ちなみに皇居では長谷川理恵さん、優香さんなんかも走っているそうですよ。

帰宅後は掃除、洗濯。その合間にパンの発酵具合を確認するのも忘れずに。

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2007年3月30日 (金)

あわただしい3月でした

昨日、思い切って母に電話をし、なんとか叔母の入院先を聞き出し、本日エアもホテルもレンタカーもすべてブックいたしました。連休を利用して、、、なんて思っておりましたら周囲に「バカ、意識があるのだっていつまでかわからない、一刻も早く行ってあげなきゃ」そうプッシュされ、一気に旅程を決めてしまいました。

しかし、例によってなんともさびしい一人旅でございます。いいわ、ひとりで車飛ばすわ。

だいたい私は究極のアレルギー体質。おいしいものや土地の物、残念ながらあんまり興味ないのですよね。どなたかご一緒したところで、私はお宿でひとりポツンと待っているだけです。

でもお土産はなにがいいかなあって、自分は食べれないのに今からワクワクしております。

ところで今月は一日しか休み=なにもしない日がなく、現在、自分史上二番目ぐらいに免疫力がおちております。明日の試験は当然受験いたしますが、あさってのトレイルのレースは棄権することにいたしました。

ずーっと顔に湿疹が消えなくて、なんともおちつかないのですが、昨年の11月の末にハーフマラソンにでたあと、しばらくして風邪をひいたのですがそのとき以来、なんと約4ヶ月も消えない湿疹なのです。

蕁麻疹というのは、なにかアレルゲンを摂取してしまうと反応するもので、あくまで一過性のものなのですが、この湿疹は長いです。しかも今月に入ってから、朝突然吐いたこともあり、ヤバイなあと思っておりましたが、なにぶん病院に行く時間がないっ。それでも先日やっと時間をとってでかけてまいりました。

先生とは10年以上のおつきあいになります。

「なにその顔?!豆でしょ。あなた豆食べた?顔のそこの位置にできるのは豆よ」とうれしそうに言います。この方は、湿疹をみると何を食べたか即言い当てます。ブウ

「豆?!いいえ、まず食べないですが、、、あ、コーヒー!」

「そう、コーヒーの飲みすぎ?疲れているときのコーヒーはよくないわ。それか風邪ひいたりしなかった?」

「あ、風邪?去年の11月にハーフマラソンにでたあと、12月にはいるころに風邪ひきました。そのあとからずーっと湿疹なんです」

「だめよ。風邪ひいちゃ。あなたはそうでなくても人より免疫力低いのに、風邪なんかひいたらもっと落ちるのよ。しかもマラソンって、、、普通の人だって免疫力が落ちるのに、あなたは普通の人よりもっともっと気をつけないとアレルゲンが大きく反応したり、感染症にかかりやすくなるのよ」

「はあ、でも去年のことですよぉ」

「いい、去年のそのタイミングでアレルゲンが大きくなったらあとは免疫力が戻らないかぎりそのまま。それか豆を一切とらないで体の中の抗体をなくすかしないと戻らないわ」

「じゃ、豆食べなければ治りますか」

「うん」

「豆か、、、、ナッツもダメでしたっけ」

「ナッツも人によってだけれど、アレルギーのグループとしては一緒。だってナッツって英語で豆でしょ。だから避けた方がいいわね」*違うって、先生。ナッツはナッツでしょ、豆はビーンズだって、、、そんなつっこみをおぼえながら診察終了。

その後思い出したことがありました。

ハーフマラソンの大会のあと、インドカレー屋さんで豆のカレーを食べたのです。そのことをケータイメールで先生に報告すると、即効レスがあり「うわあ!ハーフ走ったあとに豆のカレーはかなりきちゃうわ。気をつけないと。疲れたときにアレルゲン摂取するとひどいことになるわよ。お互い年齢とともに体力だって衰えてきているってこと、、、ね。」ブウ

そこで現在、肉魚卵乳製品プラス豆全般を摂取しないようにしております。稲科(米、小麦、キビ類)もなるべく摂取しないよう、ほぼ野菜、果物、芋という日々でございます。

レースにむけて走りこんでまいりましたが、これ以上の免疫力の低下は想像したくありませんので、試験が終わったらのんびりするのもいいかな。

こんなのとかこんなのみてくるのも楽しそうですね。

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2007年3月20日 (火)

ぼけぼけのすすめ

血圧低いせいにするわけではないですが、いつもぼーっとしております。

朝起きられますか?

この質問は愚問です。社会人なので起きます。しかしその後がひどいのですよ。あちこちひっくり返し、その辺に衝突しながら朝の支度をすると、なんだか疲れてしまい気づくとへたりこんでいるのです。

いけない、いけない。

なんとか身支度をして家をでますと、忘れ物に気づき家にかけもどります。しかしいざ定位置を探すと見当たりません。真っ青になってその辺をまたひっくりかえします。

そこでカバンを開けると、、、、、ちゃんと入っております。妄想、脅迫観念強しの不安神経症。そうして大慌てで飛び出すのです。ちなみに血圧は40の80ぐらいです。

まったくあなたって人はエンジンかかるのが遅いんだから!

これは私の母親がいつもぼーっとしている私に対して、しょっちゅう口にする言葉でしたが、「早くしなさい」と言われることはなかったですね。

もともと体が弱く、休みがちだったのもありますが、スロースターターでもいい、きっと追いつくから、、ということでしょうか?

みなさんは小さいころどんなお子さんでしたか?

よかったら今度聞かせてくださいね。自分をふりかえる作業ってとっても大切なことなんですよ。ただふりかえるのでなく、誰かとそれをシェアすることで認知のゆがみを正したり感動をわかちあえるのです。

そんなぼーっとした人間である反面、切り替え上手で毎日一話完結で生きている私ですが、ここにきてさすがに危機感がつのってまいりました。

え?

3月に入ってから1日しか休んでませんよぉ。 なにせ決算期ですよぉ。キャリアのロールプレイイング試験間近ですよぉ。お待ちかねの青梅のトレイルレースもやってきますよぉ。

と、いろんなイベント目白押しなものですから、落ち着かないったらありゃしないのです。不安神経症で動悸が激しくなりそう

「そんな、気がするだけですよね、、、、いいですか、いっぱいいっぱいにならない方法はいくらでもあるのです。」とカウンセラー的な自分つっこみに対して、「え、本当ですか?」とクライエント的な自分が瞳を輝かせます。

脳が疲れて、夜中目が冴えてしまうのは交感神経と副交感神経のバランスが崩れてしまっているからです。そういうときは眠剤をのんでもかまわないのですが、やはり日々の運動がモノをいいます。

私の場合は走るか泳ぐか。

深い呼吸をしながら、きわめて単純な動作を繰り返す運動は、まるでメディテーションです。人の少ない早朝の都心。芽吹いたばかりの赤い木々の芽を眺めたり、沈丁花の香りを楽しみながら汗をかくと気分爽快、無機質で一切音のしない大きなプールで泳ぐと、頭がどんどんクリアになってまいります=ここで良いことも悪いこともすべての記憶が飛ぶのですね。ほどほどにしないと。

試験のことを考えないようにするのも不自然ですし、考えすぎるのも疲れてしまいます。そんなときは用意した資料を徹底的にアナライズ、およびひとり演習。自分がクライエントになってみたり、カウンセラーになってみたり、、、少々笑えますが、私達の普段は事例検討、ロールプレイ、スーパーヴァイズの連続で鍛えられるのですよ。

あとはひたすら掃除をすることで精神修養!空気の入れ替えをして掃除をすると良い気が流れ出します。

そしてとにかく良い睡眠をとること。枕元にはオーガニックのアロマオイルを練りこんだ石鹸、ローズクォーツ、アメジストといった水晶をおいてあります。はあ、うっとり。

ここまで書いて気づきました。目標にむかってどう努力するかじゃなくて、いかに日々心地よく暮らすか論=ぼけぼけのすすめを書いてしまいました。

ただね、、、ぼーっとしてる、ぼーっとしてるって言われても、いつも感謝を忘れず笑顔で暮らせる自分でいることも大切だと思うから、、、、

どうか偶然というluckをつかむにはの続きはもう少しお待ちくださいね。

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2006年12月12日 (火)

夢中人

The Cranberries のDreamsを聴いています。

でももっと好きなのはフェイウォンの夢中人

恋する惑星の中で、フェイは刑事の部屋に忍び込み好きな音楽=『夢のカリフォルニア』をかけ、そのままカリフォルニアに旅たっていく女の子を好演しました。やることの奔放さと屈折の匙加減とは別にちょっとシャイな女の子で、同性の好きな同性といいましょうか、なかなかいじらしい存在でした。

さて、、、、今日は20年来の友のこと。

私にとって彼女は、いつも私の手をとり面倒をみてくれた姉のような存在でした。また、精神医療の現場にアロマテラピーを用いる取り組みをした第一人者でもあり学会での発表、専門書への寄稿など精力的に行っています。

最後に会ってからずいぶん時が流れましたが、彼女がまだ26歳で癌で卵巣を切除した時のこと今でも生々しく思い出します。祈るしかできなかったこと、ただただ生きていてねと手を握って別れたこと。別れた瞬間、いろんな思いでワンワン泣いてしまったこと。

そんな彼女と私は、ごくたまあに電話でおしゃべりしたりメールのやりとりをするぐらいですが、そのたびに彼女のやさしさ、強さ、人生に対する真摯な態度を感じ、胸をつかれるような思いです。

友;やっぱり二つあるはずのもの=卵巣がひとつしかないって負担なんだよね。

h;ふうん。二つで成り立つものがひとつだとやっぱ負担なんだろうね。私、あなたにがんばってなんて言わないよ。体が一番大切だってことだけ。無理しないで。

*人は簡単に「がんばって」と口にします。それってなんの意味のないただの挨拶ですよね。本当にがんばっている人や、ツライ人には「がんばって」なんて言えないです。

友;生きるってタイヘンだよ。うぅーん、安定剤手放せないね。

h;うん、確かにタイヘンかもしれない?!毎日、大騒ぎしてる。

*不器用なものですから。

友;ねえ、、、、アロマは癒しじゃないんだって。エステじゃないんだって。アロマも薬だし、治療なんだよ。流行とかファッションじゃないんだよ。

h;そうだね、言いたい意味わかる。カウンセリングも癒しじゃない。自分の潜在下の無意識に触れた瞬間に壊れてしまう人もいる。知らなければ幸せだったのにってカウンセラーを呪う人もいる。それ自分のこと。今思えばバカだよね。過去は変えられないんだから、未来の物語を創っていけばいいってことなんだよね、、、、

だから気づかせてくれたカウンセラーに感謝している。

夢中人。

不器用なりに一生懸命生きていこう。

心のことはハーティ新宿http://heartyshinjuku.private.coocan.jp/

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2006年11月15日 (水)

今日は私の大好きな方の日記をご紹介いたしますね。

****************

来年の今頃は、どうしているんだろう。
去年の今頃は、充実してたなぁ。


その時、想い合っていた人とは、もう会ってはいないけれども
やっぱり、今でも大切な人。
冷たい手を温めてくれた人は、もう会えない人。
けれど、やっぱり、大切な人。
目指していた人は、遠くなってしまったけれども
今でも、そしてこれからも尊敬する人。

季節が過ぎても、人が去っても、大好きの数は減らない。
その関係がどんな終わり方でも、気持ちに終わりなどない。
自分の中では、いつまでも大切な人。

今夜みたいに急に冷え込む夜には、風邪をひかないようにと祈る。
澄んだ空を見上げては、想う。
お気に入りの紅茶専門店の窓から、木に残った葉が揺れるのを見た時や
夕暮れのピンク色の空に長い雲を見つけたとき、
真冬の早朝、凛とした青の中にいるとき・・・
自分が透明になれそうな、そんなときには、彼らを想って祈る。

自分の想いが、小さな小さな空気の粒になって、
この美しい世界に溶けるように。
そして、それが、大切な人達を包んでくれますように、と。

大切な人は減らない。
増えるだけ。

死ぬ間際にも、そうやって、きっと私は祈るんだろうな。

「ありがとう。だいすきよ。」

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なんてステキな詩なんでしょう。

人をそれだけ愛し、自然に身をゆだね時に逆らわず生きること。

遠くの誰かを思い、近くの誰かに微笑む。

私はそんな彼女が大好きで、何度も何度もこの詩を読みます。

そして感謝の言葉とともに祈るのです。いつもありがとう、、、、だいすきよ。

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2006年8月 5日 (土)

愛情預金のお話

今日は預貯金のお話です。

さまざまな誘惑はありますがまずはしっかり貯めましょう。

という預貯金ではなくて、愛情の預貯金のことです。

ウォンカーウァイという映画監督のブエノスアイレス=HAPPYTOGETHERhttp://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD30329/index.htmlという映画で、誰もが皆空っぽのコップを持って歩いているというフレーズがありました。

満たされたくて満たされたくて彷徨う。

そんな切ない男性の恋の話でしたが、皆さんのコップの具合はいかがでしょうか?

小さい頃に親から無条件の肯定=あなたが愛しくて大好きよというお水をコップいっぱいもらった子は、誰かに出会うと同じようにその言葉をかけてあげることでしょう。

すると親から受け継いだ資産100-誰かにあげるために解約したお金40=60

家に帰り、今日一日あったことを母親に話しますと、「まあ、なんてステキな話でしょう!大好きよ」と、また愛情と言う名のお小遣いをもらいます。するとまたコップが満たされます。

60+お小遣い40=100

しかしある日、すごくいやな一件があり悲しい気持ちで帰ってまいります。しかし、帰宅後家には誰もいません。たまたまいた兄に出来事を話すとウルサイと相手にされません。

さてどんな計算になったでしょうか?

満たされた状態100-いやな一件「オマエはバカだなあ」60-「うるさい」20=20

一気に20まで減ってしまいました。

さあタイヘンです。

誰かすぐ気づいてあげてたった一言でいいので、声をかけてあげて欲しいところです。

「どうしたの、今日はどんな一日だったの」

すると20+自分に興味を持ってくれたこと30+「それはイヤな気持ちだったね」共感40=90と、かなり回復しそうです。

しかし恒常的にコップが満たされない状態が続くと、人は満たされたいがために、さまざまな方法で、人の注意を呼ぼうとします。

いたずら、大騒ぎ、病気になるといったネガティブなアクション、一見ポジティブなようですが、必死で勉強して良い成績をとろうとする

不登校などの子が朝具合が悪くても学校を休むと決めた瞬間、けろっとするのもこの原理です。またパニック障害や神経症なども、どこか自分の心の居場所を求めていたり、発することのできなかった声をあげているのだと思えます。

さてみなさんのコップのお水?!

愛情預貯金として考えますと残高はどのぐらいでしょうか?

残金が少ないときにムリして人にわけることはないと思いますし、利子がつく楽しみにひたるのもいいですが、たまにはどなたかにわけてさしあげるのもいいのでは?消費活動も立派な資本主義、そしてお金は天下の周り物。

めぐりめぐってあなたの元へもどってまいります。

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