旅行・地域

2008年5月15日 (木)

隣国の惨事に

think global act local

どんなことにも無駄なことなんてありません。すべての行為に意味があります。大切なのはあきらめないことです。小さな心がけが大きな実りになります。

そうやってここ数日あちこちでミャンマーへの思いを語ってきました。

と、そこへ中国の地震。

以前も書きましたが私にとっての中国は良くも悪くもさまざまなことを考えさせられる国です。もしあなたが「他の国のことなど知ったことじゃない、それよりも国内に目をむけるべき。」とおっしゃるならそれは違うと思います。

現在、私達の食糧、衣類、工業製品はまったく無条件に中国からやってきます。しかし、この地震によって、大手日本メーカーの現地法人は工場閉鎖を余儀なくされました。

国内で生産されたものだって、工場で働く人は日本人ではなく中国の人やミャンマーの人だったりします。都心のさまざまなサービス業は、中国、韓国、ミャンマー、、、、日本人の従業員さん不在でもお店が成り立っていたりします。

また、こんな流れでお金がうごいているという事実も忘れて欲しくないです。

日本の第一次産業、第二次産業;生産力、生産基盤は中国にゆだねられています→中国政府はその資本を元にミャンマー軍政をバックアップします→ミャンマー国民は政府の弾圧を逃れ日本に亡命します。

*日本における亡命者の国別割合1位はミャンマー人です。

その人たちの祖国が天災に遭ったとしてほうっておくわけにいかないのではないでしょうか?

そんな私のつたない言葉による熱い思いに「今日、郵便局に行ったよ」「そうだね、何ができるか考えてみるね」「自分の身に置き換えて考えるとほうっておけない」「あなたの思いが伝わってきました。」と、ひとり、またひとりと声をかけてくださる方がでてきました。

そんな言葉を聞くたびに、胸がいっぱいで涙がでそうになりました。

ミャンマーに対する支援のお願い→http://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6fcd.htmlをするのと同時に、隣国中国に対する支援、および三国の関係に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

最後にミャンマーというのは軍政による呼称といって不愉快に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、不特定多数の方がみることを考え、あえて一般的であるミャンマーという呼び方をしております。ご理解ください。

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2008年5月13日 (火)

麻布十番2 手作り石鹸untiens

麻布十番にはいろいろと好きなお店があるのですが、手作り石鹸のお店un tiensさん

http://www.untiens.jp/をご紹介いたします。Sekken

ピーコックの近くのとても小さなお店兼ラボ!ガラス越しに石鹸を作る様子がわかります。

店内は白とブルーを基調としたクリーンなイメージ、かつアロマの香りで満たされています。

アロマにはさまざまな効能がありますが、私が思うに体は自分が必要なものを知っています。アロマだって「自分がit!」と思ったものを選んで間違いがないと思います。

そんな直感=無意識の声に従うこともハッピーになる秘訣でしょうか。

引き続きサイクロンに見舞われたミャンマーに対するご支援をお願いいたします。

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2008年5月 9日 (金)

ミャンマーのためにできること

ミャンマー=ビルマという国がサイクロンに襲われ、死者10万人とも言われています。

このミャンマーという国は正常不安定な国で、アウンサンスーチー女史は変わらぬ弾圧を受け続けておりますし、昨年は軍政に対する抗議のデモンストレーションにむけての発砲で日本人ジャーナリストが死亡するなど、あまり芳しくないニュースばかりが伝わってきます。そんななかサイクロンに襲われ、ますます国力が衰えていくのではないかと心配しております。

さて私とこの国とのつきあいは長く実に12年になります。バックパックを背負いカメラ片手にあちこちを旅しました。ビザをエクステンションしながら、小さな村の民家に泊めてもらい、暮らすように滞在した日のことを思い出します。

信仰心のなせるものでしょうか、人々はきれい好きで気高く、あたたかい心で旅人を迎えてくれます。私が菜食だというと手を合わせ「あなたは徳を積んでいる」と言ってくれたこともよくおぼえています。

さてそのミャンマーになにができるか。

現在の仕事をほっぽりだしてミャンマーに飛んでいくのに航空運賃、その他エクスペンスで最低10万円はかかるでしょう。医療の知識、復興支援の技術なと特別な技術もなく、言語もできぬ私が「とにかく行かないと!!」と馳せ参じたところでどうなるのか、、、。

気温は40度近くになり、インフラがすべてやられている中で、衛生状態が劣悪なのは想像にやすいでしょう。フツウに旅をしていても水にあたったり食あたりしては寝込む私です、私自身が健康でいられることさえあやしいです。

と、これは決して弱気になっているのではありません。

今、一番大切なことは、今ここでできることを考える!!

皆さんにミャンマーという国のすばらしさ、そして現在の窮状を知ってもらい、少しの金額でもいいから寄付をしてもらうようよびかけることはできます。

アジアの黄昏 旅行記http://www.geocities.jp/myanmarnavi/diary/turedure/index.html

Democratic Voice of Burmaこちらのサイトはミャンマー民主化を支援していますが、映像によってその被害と窮状がよくわかると思います。特にNEW6 MAY2008は一切言葉はなくても青空の下の悲しみが伝わります→http://english.dvb.no/news.php?id=1209

先日、在日ミャンマー人の知人でping long http://www.myanmarplg.com/のアウンリンさんという方とも相談したのですが、「軍政は支援のお金を然るべきところに使うかどうか不安です。先日大使に会ったのですが、支援も救援物資も要らぬ、とりあえずお金だけ欲しいんだいう態度でガッカリしました。我々が独自の方法で直接支援することを考えようと思います」と言います。

彼の家族がミャンマーで旅行代理店を経営していることもあり、ミャンマーと日本を往復する人はごく身近にいるし、JICAやオイスカなどにも知り合いがいるので、直接現地に義援金を運び、必要なものにお金を使ってもらえるようにしたいとのことです。

ただ、皆さんにとっては、軍政と同じぐらい彼の存在も不透明に思われるかもしれませんので、私は実績がある下記の支援団体をご紹介することにします。

【日本赤十字社】
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1380.html

1.救援金名称 「ミャンマー・サイクロン災害救援金」
2.募集期間 
 平成20年5月9日(金)から平成20年6月10日(火)までの約1カ 月間
3.救援金受付口座 
 ●郵便振替口座のご案内
 ・口座番号  「00110-2-5606」
 ・加入者名  日本赤十字社
 ・通信欄に「ミャンマー・サイクロン」と明記して下さい。
・郵便局窓口での取扱いの場合、振替手数料は免除されます。

 
【ユニセフ】
http://www.unicef.or.jp/children/children_now/myanmar/sek_my07.html

オンライン募金あり

自然災害緊急募金
郵便振替:00190-5-31000
口座名義:財団法人日本ユニセフ協会
*通信欄に「自然災害」と明記ください。
*送金手数料は免除されます。
*当協会への募金は寄付金控除の対象となります。


【国境なき医師団】
http://www.msf.or.jp/2008/05/07/6048/nargis56.php

オンライン募金あり

皆さんお願いです。ひとりあたりのGDP230ドルと言う国にとって100円さえ1日の生活費に十分な金額です。寄付にためらいがある方は、せめてミャンマーという国の窮状を知ってください。それだけでも私はありがたく思います。

そして「復興したらミャンマーを訪ねてみよう」と思う人がひとりでも増え,さらには真の民主化とは何かを考える方がひとりでも増えたらうれしいのです。

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連載を読んでの感想楽しみにしております。cocorofuwafuwa@ヤフー.co.jp

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2008年5月 1日 (木)

代官山からトロントへ

これは私の夢日記。おいしいお店の紹介はまた後日。

仮に彼女のことをYと呼ぼう。

10年以上前、ある人の紹介で出会い、そして私もある人を紹介した、そんな出会い。

Yは繊細だ。そのくせ恐ろしく芯が強い。とてもさびしがりやで甘えん坊でもある。誰よりもまじめでがんばりやで仕事もよくできる。正義感が強くまがったことが嫌いで、こうじゃないといけないの!!べきだ!!という言葉をよく使う。

たまに「おいおいそんなにがんばらなくてもいいじゃない」と思ったりもするけれど、それは余計なお世話だし、Yらしさの現れだと思うから、いつも「そうだね」と聴いていた。思えば、Yも私に対して興味本位な質問を投げかけたり干渉したり、無理にシンパシーをおぼえようとがんばったりすることもなかったので一緒にいてすごしやすかった。

そうして私達は年に数回お茶を飲んだりご飯を食べた。一緒に旅行したこともあるし泊まりにきたこともある。

ある日のこと、Yが相談があるというので代官山の自然食のレストランasukaで会った。 往来の車の音で会話がとぎれたりすることがあったけど、おいしい食事と久しぶりの会話を楽しんだ。

「しばらく外国ですごしてみたくて」

長くつきあっていた彼とは別れてひとりで旅たつという。

ちょっと複雑な気持ちではあったが、「ここなら大丈夫」と、お世話になっているnewさんのウイル留学センターを紹介してあげた。

年も暮れにせまったころYから連絡があった。

「しばらくトロントに行くことにしたの。落ち着いたら連絡するね。そうそう手紙ありがとう、、、」

時が経ち春、桜の頃。Yを思い出して目黒川を散歩した。そういえばHUITのパンがおいしかったなあと、ひとりでお茶。窓一面の桜を眺めながらトロントとYを思った。

info

Cafe & Restaurant Asuka
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町12-34 1F
TEL&FAX:03-3464-0125
営業時間:月、水~金 ランチ:11:30-15:30 ディナー:17:00-21:30
土・日・祝 11:30-21:30
定休日:火曜日 

huit ユイット
東京都目黒区中目黒1-10-23 リバーサイドテラス1F
03-3760-8898
OPEN 月~土11:45~26:00、日・祝11:45~22:00
東急東横線・東京メトロ日比谷線中目黒駅より徒歩7分

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2008年4月11日 (金)

イタリアのことと旅のこと

先日、イタリアでフラットメイトだった男の子に、自家製のベーグルやらカントゥッチーニだとか送ってあげました。2552629839db14cdc4877586dfea269d

ところでもうすぐ誕生日じゃなかったっけ?そんなメッセージとともに。

出会って10年。大切な友、実の兄弟よりも濃い関係。今は滅多に会うこともないですが、どんなに遠くにいても互いを思うことができる、、、そんな友の存在はありがたいですね。

さて、そろそろミラノはサローネ=家具を始めとした国際展示会です。

4月の始めは雪がちらついたり霧がかかったり、不安定な気候が続きますが、それが終わると一気に夏がやってきます。街角の温度計をみると35℃です!!

そんなイタリアのことを思い出しながら、お客様に作ってさしあげた旬のソラマメを使ったパスタレシピcookpadの今日のピックアップに選ばれました。

この日記は数日前に書いたものですが、彼のメールでイタリアのことを思い出していたのでびっくりです。

私の価値観?偏見?

今まで散々旅をしてまいりました。出張も多く日本国内はくまなくまわりましたし(行ったことないところを思い出すのが趣味です)、海外も暮らしたり仕事をしたり、長期の旅を続けてきたのもあって、ひとり旅のできる男性に惹かれるし、そういう経験値がないとちょっと、、、、というのが正直なところです。

言語が話せるかどうか、そんなオベンキョウの話しはどうでも良くて、もっとサヴァイヴできるか、知らない世界を見てきたかどうか、、、、ということですね。

ところでもうGWには間に合いませんが、夏の計画にお役にたちますようステキなホテルを紹介いたします。一日二組限定のラグジュアリーなリゾートホテル。西表島のマヤグスクリゾートhttp://www.mayagusuku.com/です。先述の友人がマネージャーとして長く勤めております。

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2007年9月27日 (木)

democratic voice愛と平和に祈りを捧げよう

1997年
この年のことはたぶん一生忘れられない。
出張続き+海外往復でメチャメチャの生活がたたり体を壊した。
そうして動物たんぱく質アレルギーのため菜食になった。
25年来の友A子は成田から病床の私に電話をしてきた3ヵ月後卵巣癌を摘出。

一瞬先は闇

ベッドでそんなことをつぶやいた。

8月31日プリンセスダイアナが交通事故死。

9月5日マザーテレサがその生涯を終える。

愛と平和のために生きた女性二人を神は連れ去ってしまった。心に穴があいたような気持ちで秋を迎え、渡伊。

時は流れ、2007年
今ここに、ひとりの女性の存在を忘れて欲しくない。
アウンサンスーチー   ミャンマー
約20年の軟禁生活を強いられながらも非暴力民主化を訴え、平和を祈る人。現在彼女の住むミャンマーでは大規模なデモンストレーションが行われている。全国から集まった裸足で無抵抗の僧侶たちは祈ること、歩み続けることで軍政に対して無言の圧力をかけている。

「デモンストレーションをして何になる。」

そう言ってしまえばそれでおしまい。しかし民主化以前のこの国では自分達の意思を表すにはそれしか方法がない。我々投票権および社会保障システムが完備された先進国民とは置かれる状況が違う。税制だってない、それどころかインフラだってない。

私はこの国のお寺ですごしたことがある。菜食だと言ったら合掌されたこと、とてもよくおぼえてる。なんとなく仏陀に近づいた気持ちになった。
私はプリンセスダイアナでもマザーテレサでもアウンサンスーチーでもない。ただ彼女達のしたことに敬意を表し祈ることはできる。

9月27日現在700人の僧侶、および民衆が捕らえられ少なくとも3人の僧侶が亡くなった。

国民に銃をむけるな。

かつて私が歩いた街角に真の民主化が来るまで祈り続けよう。

東京都写真美術館においてマザーテレサのメモリアルフィルムを上映中です。

私ももちろん参ります。

連載を読んでの感想などはcocorofuwafuwa*yahoo.co.jp

*お手数ですが*を@にかえて送信してください。

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2007年9月13日 (木)

雲南4680mって?!

昨日メールをいただいた方は旅仲間。旅仲間と言っても一緒に旅をしたことはありません。

旅の話をしよう、たまには集いましょう、、、そうやってなんだか自然にできた会のメンバーです。ただね、会と言っても会員制でもないですし、面子も決まってなくて都合があえば会いましょうって感じです。

そもそも会の呼びかけ人が、海外に行ったっきりなんですもの!?

で、その集いも一年に一回あるかないか、、、、

それでもなんだかんだおつきあいが続いてるのうれしく思います。一切の利害関係が生じず、年齢性別さまざま、国籍不問そんな人たちの集いは、なかなか居心地いいものですよ。

さてその方(仮にA氏としましょう)は、トレッキングが趣味で毎年3000m級の山に登ってらっしゃいます。今年は雲南の山へ出かけられたそうですが、私にとって雲南とは棚田があって少数民族のいるところとしかイメージ湧かなかったのですが、なんとビックリ4680mの山に登られたとのこと。4680mってどんな感じでしょうね。

Aさんへ素朴な質問

「高山病は大丈夫ですか?」

「3300mぐらいのところで何泊かして、徐々に登って行くんですよ。それでも苦しくはなります、だからゆっくり行くの。ただ、今回は天候が悪くて良い景色が望めなくて残念だったよ、次回の楽しみだね。」

スケールの大きさに感心してしまいました。

そんなAさん、腕におぼえありとばかりに、毎度PDFでダイジェスト版と称した旅の模様を見せてくださいます。その写真を見ながら、私もどこか行きたいなあと思う時が楽しいです。皆さんはどんな旅をなさいましたか?

さてさて「恋に効く話し」まだまだ続きます。質問などありましたらこちらへどうぞ。お手数ですが*を@にかえてお送りくださいませ。cocorofuwafuwa*yahoo.co.jp

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2007年5月29日 (火)

秋川日帰り温泉

先日奥多摩の日帰り温泉へ行ってまいりました。

瀬音の湯

緑まばゆい中でゆったり温泉につかると、トローンとして気持ち良かったですね。

帰りはのんびりと農産物の直売所などよりながら帰ってきました。

16号の米軍基地周辺の古着屋さんめぐりも楽しいですし、立川のはずれにはゼルコバというおいしいパン屋さんもあります。

ちょっと足をのばすとこんなところがあるのか、、、そんな東京もステキです。

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2007年5月11日 (金)

南海の孤島;父島へ

ごぶさたしております。

皆さんどんな休暇をすごされましたか?

私は連休後半は小笠原の父島へ行ってまいりました。
今までみたどの海より美しい海、そして手付かずの自然。
イルカにクジラ、海亀。色とりどりの魚たち。
スクーターを借りて島を散策して、好きな海に飛び込むます。

シュノーケリングで熱帯魚と遊びますが、あの人魚姫のシャコ貝なんてウジャウジャいるんですもの驚きです。あまりに水がすんでいるので深さがわからなくなるほどでした。

南国なので陽射しは強いものの日中の気温は都心に負けっぱなしの25℃!驚くほど空気が乾燥しており、夕暮れには一気に涼しくなり、乾いた風で体が冷やされます。
満月の夜はビーチパーティです。ただしここは南海の孤島、東洋のガラパゴス。波の音と月の明かりだけを楽しみます。

ある日の朝、ちょっと早起きして離島へショートトリップ。途中の海に飛び込んではイルカと泳ぐひととき。海亀は白昼堂々海面で交尾してます、なんておおらかなんでしょう!?

初サーフィン(スクール)もバッチリ。どこまでも透明な海ですので何度ひっくりかえっても気持ちよくて大はしゃぎ。先生の掛け声であっさりボードの上に立てるようになりましたが、自分で波を読むことはできませんでした。
ローカルの皆さんに「波来たよ、漕いで!」と声をかけられながら、必死にパドリングします。皆さんと一列に並んで波に乗れた時のドキドキ感といったらたまりません。

別れの日。
島の小船たちが沖まで、私達を見送ってくれます。
「行ってらっしゃーい!!」これがこの島の伝統です。
「ありがとう!」私達もデッキでずーっと手を振り続けます。
と、そのとき大きな大きなクジラが二頭?三頭?

ザッブーンザッブーン。「クジラだっ!!」潮をふきながらお別れのダイブ。

最高の見送りをうけながら東京に戻ってまいりました。

また皆さんにお目にかかるのを楽しみにしております。

こころのことはハーティ新宿

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2007年4月 5日 (木)

ミラノの気候を思う

ふとミラノを思い出しました。

ミラノの4月はサイアクで、、、、もともと海抜下のため冬はずーーっとミルク色の霧に覆われるのですが、4月に入っても当然ドヨーンとしております。そんななか八重桜がけなげに咲きはじめるのはいいですが寒さと冷たい雪まじりの雨で突然ボタッボタっと落ちるさまは悲しいものがあります。

当然、人々はいまだ冬の装い=北イタリアに欠かせない毛皮のコートだったりするわけですが、4月も終わりに近づき、いよいよ5月に入るというころ

突然夏がくるのです。

すると待ってましたとばかりに、Tシャツやノースリーヴに着替え一気に夏モードです。

ミラノ名物アペリティーヴォのおつまみ食べ放題!スタンディングでおしゃべりに夢中になる人たちがお店の外まであふれます。

そして「あぁ、イタリアにいるのだなあ」と私は実感するのです。

*ドリンクを一杯オーダーするとカウンターのおつまみが食べ放題というサービス。集客のため各BARが競いあうので、おつまみとあなどれないほど充実しておりお腹いっぱいになるほどです。

ふとそこで温度計をみると、なんと35℃ですよ。一ヶ月の寒暖の差30℃!そしてそのまま夏になり秋がないまま冬がくるのです。とは言いすぎですが、そのぐらい季節は過激にかわります。

ですからあちらの人は日本にくると「山の紅葉はすばらしい」とか、「梅雨という長い雨に驚いた」とかシミジミ語るのですね。

つくづく日本は穏やかな気候で、穏やかな国民が暮らす国です。

いわんや、なんとも繊細な人々の集合体か。

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2006年6月20日 (火)

夏至

明日はこんなFESがあります。

その名もGESHIFES。

なんかロマンティック

http://geshifes.cultivaders.com/2006/index2.html

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