交流分析

2010年12月18日 (土)

人生楽しみたいもん

言い訳するわけじゃないですが、、、、





自分では、すごーーーーーくがんばってるつもりなんですね。人の倍やって、やっと半分しかできなくて、4倍やってやっと人並みの私。(調和平均?!)
Yoshi2

だから仕事も勉強も楽しいのだけど、自分の不出来さにもどかしさをおぼえつつ、それでも必死で、せめて丁寧にやろうと努力しているのですが、、、、、

昨日、ご一緒した方に「そんなんじゃダメよ」と。









初めて会った方なんですね。








思わず「知らないもん、そんなこと。できないのは、ごめんなさいだけど、いいんだもーーーん!!」と、プチ切れしました 爆





仕事のことならともかく、そして彼女が上司や先輩、お取引先の方ならともかく、、、、、まったくまったく初めて会った人に、私の40年を否定されて(大げさだけど)思わずイタリア式に「non so!」

スペインだとノセでしたっけ 笑

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2010年3月22日 (月)

人を見くだす若者たち 3 本当はみんなOKなんだよ

私のイタリアの姉御あやさんのイタリア雑記より人を見くだす若者たちについて書かれた記事を紹介してまいりましたが、私がこの記事を読んで感じたことを書いています。

第一回はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-f0ff.html

第二回はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-93bb.html

この回は交流分析(フロイトの精神分析の口語版)に絡めて書いてみよう。

交流分析の哲学のひとつに「人生態度」という考え方がある。

第一の立場 あなたもOK 私もOK

第二の立場 あなたはOK 私はnot OK

第三の立場 あなたはnot OK 私は OK

第四の立場 あなたも私もnot OK

望ましいのは心をいつも第一の立場におくことである。

というより基本、人は皆OKである。

誰にも泣き叫ぶだけの赤子のときがあり、恋をし、結婚をし、疲れ果てながらも社会の荒波を生きているのだ、この世に生きとし生けるものすべてがOKである。

がしかし、何かイヤなことがあると「あぁ、私ついてない、やっぱダメなんだ、ムリだよねえ。それに比べてAさんはいつもうまいことやってうらやましい」

自己否定に走ってしまうのが第二の立場。

そして「オレは完璧さ、それを認めない○のヤツおぼえておけよ、お前なんかたいした大学でてないだろ」そううそぶくのが第三の立場。

そして「この世の中すべて滅びてしまえばいい、えーいっ」と交差点に突っ込んでしまった人、、、、これは第四の立場です。

ふぅ。

猛スピードでざざーーーっと書いたけど詳しくはいつかワークショップでお話ししますね(*゚∀゚)=3ハァハァ

で、あやさんが最後の記事に書いていたルーシーとチャーリー

ルーシーは常に第三の立場。

悪いことが起きても自分の非は認めず人の非を攻め、自分が批判されると周囲に八つ当たり。

チャーリーは常に第二の立場。

なにかあると自分のせい、批判されても言い返さずそれっきり。

そして毎度同じパターンの兄妹のやりとりを繰り返すというわけですが、たしかスヌーピーはキャラクター分析の対象だったような気がする=たぶん著者は交流分析をご存知なのではないだろうか。

一見相反するようでいて、それぞれ自己に劣等感を持ち相手を肯定的に受け入れもしないという点では共通なのだ。

ここであえて言うが、望ましいポジションが第一の立場であるだけで、しょせん人間である。時に落ち込み自己否定をしてみたり、時に優越感に浸って他者否定をすることがいけないことだとは言わない。

人とのかかわりにおいて相手や状況により第二、第三の立場を行ったり来たりするというのが前提だ。

しかしまた第一の立場に戻ってこようよ!というのが交流分析の人生態度の学びである。

私は交流分析の学びを通じて、今自分の心がどこにあるか考えることができるようになったのですごく感謝している。

が、慢性的にルーシーとチャーリーな場合どうだろう。

これはあまりに気づきがなさすぎる。

どうしたら良いかはあやさんの記事に紹介されていたが、まず人は皆OKである、あなたも私もOKだ。

シンプルにそう思えると、とてもラクになるとお伝えしたい。

神様ではないから相手をなじったり、羨んだり、引きこもったりがあってもかまわないが、神様ではないからこそ人は皆OKだと思う心をはぐくみたいものだ。

日本神話ももうすでに崩壊し、お金(円)と言う通貨もいずれ大暴落するのかもしれない、失業者も増え、治安も悪化し、孤独な人が増えていくのだろう、頼る人どころか家族などとうに空中分解し、そんななかでどうやって自尊心やら感謝の心やら人を慈しむ心をはぐくむのかわからない時代になってきているのは事実だ。

しかしどんな世の中になろうと私が私であることは変わりない。自分を労わり、自分の一日に感謝し、そして自分の目覚める朝を喜ぶことはできるのではないだろうか。

実存主義=夜と霧のフランクルはあのアウシュビッツ収容所において、常にユーモアを忘れず、強い意志を持って生き抜いた人だ。彼の心はどんな状況においてもウイットに富み、ファンタジーにあふれていたという。

彼は収容所にいながらも決して誰も私の自由を奪うことはできなかったと言わんばかりだ。

私は彼のように強い人間ではない。

がしかし私の座右の銘は「妄想フリー」だ。

世界のどこにいても、地球がどんなになろうとも、私は私の一日の始めと終わりに挨拶をし、未来を想像しようと思う。

そしてその延長でひとつひとつの出会いに感謝を伝えていけばいいのだ☆

あやさん、ありがとう。

読んでくれた人ありがとう。

きっとつながるよ☆ありがとうの輪

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人を見くだす若者たち 2 誰かに決めてもらいたい人たち 

私のイタリアの姉御あやさんの日記から、人を見くだす若者たちという記事を紹介してまいりました。

今日は私が感じたことを書いています。1回目はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-f0ff.html

先日カウンセラー仲間で話していたところ、今は「○しなさい、なぜならそれをすることでこういう結果になるから」と結果を明示しないと人はついてこないという話題になった。

ここで再三言うが未来は不確実、一切保障はない。

それでも誰かに決めてもらい、それに従って生きることを望む人が増えているという。

また、ある精神科の医師によると、最近は病名をつけてくれという人が多いという。悩み苦しむよりあなたは何かの病気だと言ってもらえたらほっとするというわけだ。

病気になりたかったですか 汗

スピリチュアルブームなども一見自由な精神世界のようだけど、神やら妖精やらエンジェルやら誰かの声に従って生きることを望む人たちによって成立しているような気がする。

私はまかりなりにもトランスパーソナルなジャンルを学び、それなりに仏教を信仰しているわけだから、スピリチュアルな考え方そのものを否定するつもりはない。

それにすがる側の心の不安定さゆえの従順さが気になるのだ。

これは香山リカ先生がおっしゃっていた。

自分の人生の意味づけ、定義づけがほしい。あなたは前世は○で、だから現世はこうで、未来はこうなる。

誰かにそう言ってもらうことで、そうか今私がここで苦しむのはこういう因果の元にあるからだと納得するのでしょうと。

なるほど、、、、、

世界的に信者を増やす一方のイスラム教や、告解によって赦されるカソリック、そしてお題目を唱えなさい的宗教は瞑想いらずでわかりやすいというわけか。

話がそれそうなのでこの辺でやめるが、ここでジェラットの意思決定理論というのを紹介しよう。

予測システム(選択可能な行動、その結果と確立を予測する)
価値システム(結果の望ましさを評価する)
基準システム(評価基準に基づき、目的にかなうものを選択する)

職業選択における連続的な意思決定を三つのシステムであらわしたものだが、職業選択時以外のもこれは当てはまることだろう。

予測すること、起こりうる結果の望ましさを評価し、評価基準に基づき目的にかなうものを選択する。

見ていて「あぁ、あぶないなあ、気づきがないなあ」という人は、そのシステムが働いていない。

がんばればがんばっただけ結果がついてくると思うのか、はたまた自分はすでに有能だと思っているからか考えることすなわち己に問うことを放棄しているように思える。

私は苦しくてもつらくても悩むことすなわち考えることを放棄しない。人を見くだしている暇などない、それは取り立てて謙虚なわけでなく、、、ただひたすら私自身が成長の途中だからだ。

続くhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/ok-6d2c.html

すべての出会いに感謝。

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人を見くだす若者たち 私が感じたこと 1

私のイタリアの姉御あやさんのイタリア雑記より人を見くだす若者たちについて書かれた記事を紹介してまいりましたが、私がこの記事を読んで感じたことを書いていこうと思います。

まず

自分の人生、自分で選択して結論をだす。

picture your future!自分の未来を思い描がいてみる。

いつもありがとう☆感謝を忘れない。

そんなことが欠けてしまっているような、、、、、

はてさて私もかつて若いスタッフと接しながらその「歪んだ自尊心」はどこからくるのだろうと考えたことがある。

取引先からクレームをいただきこってり絞られたのは私。

しかし当の本人は「良い経験になりました。これでスキルアップできました。」と言う。スキルアップというのは夢中になって励み、それが形になり評価され初めて実感できるものではないのだろうか。

彼の場合、まず使えない、動けない、というレベルでのお叱りだったのであるが、それを「歪んだポジティブシンキング」よろしくスキルアップしたとはわけわからぬ。

そして特筆べきこととして、ただの一言も謝罪の言葉がなかった。

もう謝らなくていい、今後成長すればいいのだから、、、、

それは本人が心より反省し、さらに今後成長の可能性がある場合、「さあ顔をあげて」という場面で用いる言葉であろう。

まず先様にご迷惑かけたことを認め、自身の至らなさを恥じたら申し訳なく思うはずだろうに、、、、たぶんきっとそう思ったのだけれど謝るよりここはポジティブに行こうとでも思ったのだろうか、、、、、がしかし彼はスキルアップしない=ロクな仕事をしないまま退社した。

唖然としたものであるが、この記事によると仮想的有能感は「歪んだ自尊心」ですらないのだそうな。なにしろ根拠がない有能感だから自信も自尊心も備わっていないということらしい。スキルアップの根拠もないということだ。

なるほど。

以下はある人=Aから聞いた話。

部下Bは自分は高学歴(名のしれた大学をでた)というのが自負だったそうな。

Aは「仕事とは人に言われる前にやるものだ☆」と思っているのだが、部下Bは与えた仕事はとりあえずこなすが、それ以上食いついてこようという気配がない。時間いっぱいかけて終わらせる毎日だ。

そんなBをよそに仕事は次から次へどんどんやってくる。

ざーと見渡しては仕事の早いものに回しては仕事を片付ける日々に、Aは部下Bに「終わったんだったら、次まだあるから言ってくれよ」とサラっと言ったらしい。

するとですよ、、、、、

「それって自分に仕事を頼みたいということですか、だったらそう言ってください」と言う。

はあ。

「いや、あのさ、終わったら、フツウ次どうしますかとか、何かありますかとか言わないかな?」とまたサラっとAは言ったそうな。

すると部下B「自分は言われないと次どうしていいかわからないんですよ。」と真顔で言ったそう。

上司Aは「言われないと動かない」ことを正当化する部下を前にして、自分の価値観が崩れる音を聞いたという。

がしかし部下B、それでは仕事を覚えるのが遅すぎる、評価も評判も良いわけない。

すると自分は認められない、こんなにがんばっているのに誰も認めてくれない、自分は○大を出ているのにとブウたれる。

同僚のみならず、先輩や人事面接などあらゆる場で臆面なく繰り返したそうだ。

認めてくれないって言ってもねえ。

本人もなぜ自分のその有能感が認めてもらえないのかが理解できず、ずいぶん苦しんだようであるが、とうとうメンタルヘルスの不調を訴え1年以上休職することになったそうな。

その後のことは聞いていない。

言われないと動けない自分を正当化するなんて、、、

そういう言葉を上司に対して口にする自体疑問だが、難関を突破してその企業に就職し、自分のやりたい仕事をやらせてもらえるチャンスをつかんだのなら意欲を持って仕事に臨めばいいじゃないか、それを言われないと動けないってなんだそれ。

あ、最近就職じゃなくて就社って言うんですよ┐(´-`)┌

まあ別に謙虚になれとも言わないし、タメ口でもいい。

せめて自分が選んだ職業であれば喰らいつく気概はないのかと思うのだ。

「ハイ終わりましたぁ、で、次、何すればいいわけぇ☆」と上目遣いのギャルメーク。

「○の件ですけど、自分にやらせてもらっていいっすか」と無愛想なダンスィ。

ちょちょっと、そのクチの利き方はなぁにと思ったとしても、やる気を示される限り「おぉ」っと思うだろうし任せてみよう、長い目で見守ってみようと思うこともあるかもしれない。

まぁそんな喰らいつくような殊勝な若者いないって?!

いいや、本当はいる。

加速度的に進む少子化により、若者全員が大学に行く時代になった。だから高学歴を自慢しながら何もしない?できない者が、あなたの隣に座っているかもしれないが、本当にできる人はとっとと次元の違う世界に行ってしまうのだ。

そこでカウンセリングに重ねて思ったこと。

カウンセリングでは問題そのものの解決と同時に自律=自分で考え自分で答えをだせる人になるということにも重きが置かれる。

「もぉ、どうしたらいいかわからなくなってしまって、、、」そこまでは全員共通だ。

では一緒に考えてみましょう!と導くのが私の務めだが、極たまに「考えたってわからないから教えてって言ってるんでしょ、、、どうしたらいいか聞いてるんでしょ。」と凄む人がいる。

残念ながらインテーク初回面接90分でその人の人生30年、40年理解できるわけない。まして90分の後、歩き出すのはその人の足であり、私の足ではない。

貧困ネットワーク湯浅氏も「どうしたいか聞く、しかしあぁしろこうしろとは言わない、なぜなら自分の手で生きていけるようになってもらわないとならないから」と言っていた。

然り。

だいたい大きな病気がみつかって「これからは塩分控えなさい、運動しなさい、タバコとお酒はやめてくださいね」と言われてもそのとおりにしない人が多いと聞く。

ちなみに慶応病院では癌告知後タバコを吸うならその後の治療はできないと断られるそうな。

命をかけた場面でそうなら、今会ったばかりの私の「あぁしなさい、こうしなさい」に従うものとは到底思えない、ただ聞いただけにしか思えないのだが、、、、

自分で悩み苦しみ結論を見出すよりおみくじでもひいてみるって感じだろうか(^-^;

続く→http://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-93bb.html

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2010年3月19日 (金)

自分が楽になると世の中楽になる 5

私はずーーっと抑圧されてたから、、、

だから楽しみ方がわからない。

ここで復習

楽しむことが得意なのは自分の中のFC(フリーチャイルド)です。

フリーチャイルド、それは自分の大切な天使です。楽になるにはFCフリーチャイルドを活性化させていけばいいんですよね。

Q11

そしてそれはポジティブな言葉、おいしいもの、美しいもの、あたたかい人との触れ合い、そして料理でもパンでもいい、絵を描いてもいい、歌を歌ったりスポーツをしたり踊ったり大騒ぎしたり体を使ったり創作すること、なにより自分の好きなこと楽しむことにより活性化します。

へえ、、、、自分が楽になり結果、人生が楽になる、、、そのためにはFCを活性化していけばいいのかあ。でも体を動かしたり、歌ったり、料理作ったり、自分の好きなことをしろと言われても、何していいかわかんなーーーい?????

まああまり難しく考えずにここはシンプルに、まずはなにかを食べておいしかったら「おいしい」と声にだして言ってみる。なにかをもらったら「ありがとう」と言ってみる。朝出会う人に必ず挨拶をする、一日の終わりに自分にお疲れ様を言う。

小学1年生の気分ですが、そこから始めませんか?

言葉って自分にかえってくるんですもの☆

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2010年3月15日 (月)

自分が楽になると世の中楽になる 4

油断すると食べ物のことばかり続きます。

たはあ。

で、これまたカワイイものみつけたのでご紹介。

国分寺のQuignonさんのお菓子。

Q10

ストロベリーココナッツ?だったかな、Hちゃんにあげました☆

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2010年3月11日 (木)

自分が楽になれば世の中楽になる 3

笑顔でいられる程度にがんばればいいのよねえ、、、、、

アルゼンチンに帰省中の友達からすごくすごくステキな言葉をいただきました!

それにしてもアルゼンチンの大ファミリーステキですよね。

何かあると一族全員集まってバーベキューしたりキャンプしたり、おじいちゃんもおばあちゃんも赤ちゃんもお肉モリモリ!!!

大きい従兄妹たちが小さい従兄妹たちの世話をしてくれるから、大人は大人でおしゃべりに花を咲かす。子供は子供の社会を知り成長する。

でも今の日本では家族が集まるなんて結婚式とお葬式ぐらいですよね。

なんかさびしいなあ

と言ってから気づいたのですが、そもそも私も核家族で育ったし、地域性もあるかもしれませんが、その当時でさえ3世代で暮らす人など珍しかった記憶があります。

ですから家族の在り方と言ったとき、すべてが揃っていない=なにか欠けているものに対してダメ=not OKだなんて暴力的だなあと思ってしまいます。

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2010年3月 2日 (火)

自分が楽になれば世の中楽になる 2

先回はイライラママと、大騒ぎのチビさんのお話でした。

しょうがないよね、子育てって大変だもん。

ってところでしょうか。

大変だからイライラする、般若のように怒鳴りまくる、、、、

もちろんかまわないですよ、そうせざるをえないときは。

でも毎日だったら不健康!

まず笑顔でいられるように、サポートしてもらえることはどんどん頼んで、仲間を作って、小さな小さなチビさんに「あんたぁ」と言う前に誰かに聞いてもらえるといいんですよね。

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自分が楽になれば世の中楽になる  1

交流分析ってなんだろ?

自分が楽になる生き方を学ぶ心理学だよ。

そう答えてますが、、、、

この連載はそんな交流分析をベースにお話させていただきます。

最近思うこと

日本人って厳しくないですか。

スポーツ選手のインタビューを読むと海外のコーチはまず褒める、褒めて褒めて褒めてのばす。日本のコーチは悪いところを指摘してなおさせる。

発想が違う。

また誰かが何かをしようとすることや一生懸命やったことに対しての批判がすごいなあと思います。

「どうせあんたがそんなことしたってしょうがないのよ」とか「だからなんだっていうの、そんなの意味ないよ」とか。

きついなあ。

違う意見がでた瞬間、猛攻撃の人がいてすごく怖い思いをしたことがあります。

「あなたの言ってること自体、この件と関係ないと思います!!」

発言丸ごと却下ですか?

怖いなあ。

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2009年10月19日 (月)

ディスカウントしてませんか 続き

自分をそのまま受け容れてもらうどころか、勝手に値踏みされて、値引きされること、、、、それをディスカウントと言うのですが、そういう場合どう対応するのがいいでしょうか?

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