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2011年4月20日 (水)

早稲田狂言の夕べ;思いやりは強さ

昨日は、早稲田狂言の夕べという、早稲田OBである人間国宝野村万作、萬斎親子の狂言を観てきました。

Wasedakyougen

あの大隈講堂に舞台を設けて、超一流の狂言の舞台を観られる、しかも無料で観られるなんて、、、、、、、

1階には歴代首相、岡田元代表監督などVIP、OBもたくさんいらっしゃいましたが、総長の、「演劇の早稲田の真髄をお楽しみください」というお言葉、そして芸術館長の「日本の歴史上、こうした舞台が一ヶ月以上自粛されることは極めて異様なこと。太平洋戦争の敗戦間際はさすがに演じられることがなかったが、戦国、応仁の時代でさえ、、、、だからこそ、こうした笑いや文化は大切にされた、ですから、こんなときだからこそ、皆様にお楽しみいただけますよう、最高の舞台をお楽しみください」という言葉に胸が熱くなりました。

昨年の夏、横浜能楽堂にお招きいただき、六条の御息所の生霊など、すばらしい能を堪能したばかりでしたが、初めて観る狂言の愉快なこと、愉快なこと。




私は無知なので、あまり多くは語ることができませんが、素朴でほのぼのとしていて、滑稽だけど、チャーミングなのです。




【萩大名】

無風流な大名は、せっかく美しいお庭を眺めても、気の利いた褒め言葉が言えません。



    あの石を持って帰って火打石にしたらいいなあ。

この砂はまるで道明寺干飯みたいだ。

この白い砂の上に真っ赤な萩の花が散るさまはきっと赤飯のようだろう。

そんなことばっかり言うので、最初はフォローしていた太郎冠者も、最後は呆れてしまいます。

この無風流な大名を演じるのが、人間国宝の野村万作先生、80歳!!!



いやあ、お見事です。




もうひとつの演目【二人袴】は、舅に挨拶にいくお婿さんと、その父親のお話でした。

これは萬斎さんが父親役、遼太さん(早稲田現役学生)が婿役でした。

婿さまは天真爛漫、無邪気な甘えん坊なので舅に挨拶に行くのを恥ずかしがり、父親に同伴を求めます。父親も甘いので、しょうがないと言いながら、息子に正装の長袴を履かせ、舅の家の門前で待っていると、太郎冠者に見つかってしまいます、、、、、



舅は、「お父様にも上がっていただきなさい」と太郎冠者に言いつけるものの、正装の長袴はひとつしかないので、二人はあせりまくります。





「えーーーいっ」



長袴を半分に割いて、二枚の前掛けにすると「いいか、後ろは見せるでないぞ」と父と子と二人誓って、舅の前に現れたはいいものの、、、、、







着物のこともよくわかりませんが、色や柄などもとても美しく、フツウだと組み合わせない色の合わせ方も、和の空間ではステキに思えたり、大胆なぐらいの柄が遠くから見るととても自然に見えたりするのも不思議でした。また今回は、大名が紺地に白の折り鶴の柄、親子の長袴がオレンジと紫のツートンで白の折り鶴の柄と、鶴が印象に残りました。





なにより古くも美しい講堂で、すばらしい舞台を観ていたら、本当に満ち足りた気持ちになりました。笑って笑って、涙が出るほど笑って、笑いは免疫力をあげるんだよーーーーーーっと思ったら、被災地の人が心から笑える日はいつ来るのかと思いました。




twitterでGACKTさんが「今回の震災は全く種類が違うものなんだ。震災だけでなく津波災害、原発問題、風評被害が重なった複合災害なんだよ。別物として考えないと理解できないこともある。沿岸部に関しては数十キロに渡って壊滅。近年、壊滅なんて戦争でもなかなか無いことなんだよ。」とおっしゃっていましたが、神戸の震災とも違う、チェルノブイリとも違う、太平洋戦争とも違う、、、、、





今回の災害は、いくつものフェーズをもっていることを理解しない限り、支えていけないと思いました。




昨日、アニキ;医者が破傷風の予防接種を持って、相馬に行きました。山形に宿泊し、仙台へ出て、そこから南下していったといいますが、どんどん南に行く度に景色は変わり、眼前に何もない瓦礫の山が広がったといいます。6号線まで船が転がり、ガイガーカウンターの針はどんどん振り、、、、そして相馬にたどり着いたと言います。





「テレビで観るのとは全然違うねえ、復興のふの字もないねえ」

「お兄さん、そこが、私の親の住んでいた町だよ。本当に何もなくなっちゃったんだよ。まだ遺体捜索をやっているような、破傷風が流行るようなところだよ」



狂言の素朴で愉快な舞台を観ながら、地獄の大地を思いました。





私は、美しいものが好きです。おいしいものが大好きです。

美しいものを観たとき、おいしいものを食べたとき、その喜びを皆と分かち合いたいという気持ちがいつもあります。同時に、今、悲しみに打ちひしがれる人がいたとき、その人のそばにいないといけないという思いもあります。


ただ、それは自分が元気でないとできないことです。

こうして笑えることに感謝しながら、元気で生きていこうと思いました。くしくも今日4月20日は弟(その1)の命日です。




津波に襲われても死なない年寄り=親もいるのに、すぐ死んでしまった弟を思ったら、私達は人生を謳歌しなさいといわれているのだと思いました。





最後に、震災発生から1週間後には授業開始を5月6日とし、卒業式、入学式の中止を決め、youtubeによる学長挨拶をup、震災後2週間で被災地出身学生の授業料減免、および特別奨学金の手筈を整え、さらには周囲に惑わされることなく、こうした催しを行うことを決めた早稲田大学の決断力を誇りに思います。




思いやりには強さが必要です。

震災後、心ここにあらずな日が続いた私でしたが、そうした早稲田のぶれない強さに救われました。

中筋純さんの写真展+トークショーは5月20、21日@スタジオオンhttp://runshimo.blog.ocn.ne.jp/studioon/2011/04/post_611b.html

早稲田OB、広河さんの写真展も!!http://www.hoshien.or.jp/gallery/exhibitions.html

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コメント

こちらには、初めまして。
Twitterでツイートいただきましてありがとうございます。
プロフィールからこちらにお邪魔しました。

また、懐かしい記事で嬉しくなりました。
私、今は無き二文で社会専修卒、認知心理とかちっともちゃんと勉強しなかったなぁ・・・
芝居に明け暮れて、能、狂言もよく観に行ったので、本当に懐かしいです。

郡山ではフリーの産業カウンセラーやキャリアカウンセラーがほとんどいないので、私のようにビジネスマナー講師上がりが就職支援講座を担当していたりします。
色々勉強したいですが、地方では難しいですね。
さらに原発問題があり、つい最近やっと6ヶ月の職業訓練講座が終了したので、自分の勉強どころではなく、子供の避難についての情報収集に取りかかっています。

乗馬もお好きなようで、私も時間とお金と場所があればいつか乗馬を再開したいと思っています。
いろいろと繋がるご縁を感じて思わずコメントしてしまいました。

最近は「子供を避難させるのは親の義務」なんて、避難させられずに悩み苦しみながらこの地に留まっている私たちに脅迫めいたツイートが送られてくる中、貴女からのツイートは心の周りを硬く守る疲れた筋肉を緩ませてくれるものでした。
(変な表現ですみません)
とにかくありがとうございます。

投稿: mamarutan | 2011年5月 1日 (日) 18時35分

mamarutanさんは二文のご出身なんですね!
早稲田がもっとも早稲田らしくある学部ともいえますよね。
友人知人で二文を卒業し、各方面で活躍しているものが、何人かおり私の自慢です!

「子供を避難させるのは親の義務」

子どもは自分ではどうしようもないから、親が決断しないといけないということでしょうか。


子どもを守れ!という正論はごもっともですが、避難させなくてはいけない事態になったことが問題であり、避難させない親御さんを責めるのは違うのではないかと思います。

ある日突然家族がバラバラになる、ある日突然故郷を追われる、、、原発反対でもなんでもいので、まずはそんな事態を想像してほしいと思います。


浜岡の停止を求めるようですが、浜岡で働いていた人にとってそこが故郷です、そこが一家の主の勤め先で、一家の糧を得ていたことを私たちは忘れてはいけないと思います。
彼らはそこを後にし、新しい土地で一からやり直さないといけない、でも電気を湯水のごとく使っていた私たちは痛くもかゆくもないとはおかしいです。


すみません。
長くなってしまいましたが、これからもよろしくお願いいたします。

投稿: hearty | 2011年5月 8日 (日) 12時19分

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