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2011年3月15日 (火)

地震;家族とカウンセリングと自助グループ

まだ私の両親がみつからない。

出張で山の上ホテルでチェックインした途端被災した、かつての同級生も、東京から帰ることができない。

幸い姉夫婦の消息は掴めたが、新聞記者として激しい被害の状況を取材する義兄も、我々両親の消息を掴むことはできない。

弟と、励ましあう、、、、、もう7年も会っていない弟、、、、、それでも彼がいてどんなに心強いことだろう。汐留から川崎あたりまで3時間半歩いたよとメールが来たとき、すごくほっとした。日本全国飛び回っているのだから、どこにいたのかすごく心配だった。








「良かった。あなたのことずーーっと心配してたよ。」





あとは毎日、必死で情報をかき集めてはシェアすることを繰り返す。最新の航空写真で親の家が存在しているようす、googleでの捜索、その他さまざまな掲示板などでの反応、ふたりで必死に探してはやりとりをする。



絶望と希望を繰り返しながら励ます。





「大丈夫、きっと生きてるから、前向きに☆」「希望をもって生きてこう」「信じるんだよ」「元気出して生きようね」





「きっと彼らは電話かけたくても番号わかんないんじゃないの」「公衆電話並ぶのめんどくさいとか言いそう」「2階に篭城してるんだ」「ケロっとして連絡できないで悪いねえなんて言うかも」

冗談も交えながら、決してマイナスなことは考えないように励ましあう。ミナシゴになりそうな姉弟はまるで自助グループだ。共に親を失ってなるものか、失うわけないと信じるもの同士支えあう。

そして一日たち二日たち、親の行方は未だわからないが、北海道の叔母、イトコはもとより、20年も会ってない叔母まで心配して電話してくる。



「あ、ユキちゃん。」

アマゾネス一族は皆、叔母であって叔母さんではない。すべて名前で呼んで差し上げるのが慣わしだ。サトコさん、マキちゃん、ミカちゃんて具合。




「それにしてもヘンな家族よねえ、いつも淡々としてて、私は神奈川で、すぐ上の姉は埼玉なのに、会ったことなんてないわよ。ヘンな姉妹よねえ。」

「ウチも、弟、もう何年も会ってないよ。たぶん7年ぐらい?」

「やっぱり、へんな家族ねえ 笑」

「マリコ(姉)が生きてるかどうかわからないとき、「えぇーん、弟とふたりミナシゴになっちゃうよーーーっ」て怖かったけど、大丈夫、お父さん勝手に殺さないから。」

「なに言ってるの、大丈夫に決まってるでしょ。」

会っていても会っていなくても甘えることができる。

ただ、相手の話しなんか聞いちゃいない、互いの言いたいこと好き勝手言うだけ。でもイヤミじゃない。この人は父の妹なんだ、この人の子供は私のイトコで30年も前に会ったことがある、そんなことをぼんやり思い出す。






さてカウンセリング。

実は昨夜は出張で近県に泊まることになっていた。出発の朝、ディレクターにはいちおう事情を話したところ、「そう、大丈夫?」多少驚いたようすではあったが、そっと肩をたたいてくれた。



それ以上なんか言われたら泣き崩れそうになって「失礼しまーす」と出発した。



人の心の頑ななところを一気に溶かしてしまうのは、言葉じゃなく心からのシンパシーなのかもしれない。





今回の地震で私は被災者の家族にしかすぎない。しかしこうして、さまざまな人との関わりで、支えられているのは事実だ。




facebookではイタリアの友達からたくさんメッセージをいただいた。 仲良しだったゲイの子のメッセージに涙し、一緒に暮らしてたスペイン人のメッセージはあったかかった。








私のヘンなイタリア語を理解してくれるだけでうれしかった( ̄○ ̄;)!




親は行方不明。

でも大丈夫、みんながいるから。






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最後に、今回の震災を阪神淡路の震災に重ねて、ご意見、アドバイスなさる方がいます。

しかしながら、宮城県はチリ地震、宮城県沖地震、そして今回の地震と津波に苦しめられてきました。

宮城の地震も、私が生まれた北海道の地震も、時に津波ですべてを奪われてしまいます。津波の恐ろしさはミャンマーで医療活動を続ける吉岡先生http://japanheart.exblog.jp/14432525/もお話なさっていますが、救助のすべなく人の命を奪います。



私が少しだけ住んだ仙台市若林区。

そこに広がる仙台平野はあまりに広く、一切高台がありません。何キロ逃げたら津波から逃れることができるか、人々は想像できなかったのではないでしょうか。


あの広い広い平野を、私が住んでいたバイパスの向こう側を目指して逃げた人を思うと、がっくりします。夏休み、田んぼの中を海水浴場に向かったあの道を、人々は西へ西へと逃げて、逃げて、波に襲われたのでしょうか。




10mもの波を背後に、、、、、




経験者であることと相手を支えることは別です。またどんなに識者であろうとそれが机上の議論であり理論である限り、現場の人との心は通いません。

また原発の爆発に関しては、私ども国民皆の問題であり、他人事ではありません。

現地の人が一番ツライのです。頑張ってるのです。









皆さん、今日もおつかれさまでございます、、、、、そして今日生きてることに感謝して。








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