« 地震;両親の無事と復興にむけて | トップページ | お願いです!吉岡先生の活動を応援してください。 »

2011年3月21日 (月)

皆さまへお礼

津波に家ごと襲われた両親の安否について、ご心配いただきましたこと、あらためてお礼申し上げます。
両親は、あの後、姉夫婦によって避難所より救出されましたが、一週間の避難所生活で衰弱し、いささか憔悴しているものの、少しずつ元気になってきているようです。

私も、すこし落ち着きました。

今回、私の両親の安否を知ることができたのは、google person finderなど、さまざまなネット上の掲示板でした。ケータイの基地局も壊滅、その上、両親のケータイの電池も切れ、公衆電話も使えず、さらにその避難所の名簿は公開されずという中、私たち家族をつなげてくださった方々に、あらためて感謝申し上げます。

また、皆さんの中には私の生家が津波で失われたと思い、なぐさめてくださる方もいらっしゃいますが、親の住んでいたところは、私の生家ではなく、両親が、定年後、移り住んだところでした。

だからこそ、そこの皆さんが他所からやってきた私たちの両親を受け入れてくださり、私たち家族のために、貴重なお時間を割いてくださったということに本当に感動しています。


そして「そんなところで災難!」という思いよりも、「良き隣人に恵まれた」と、心より思います。

しかし、まだ安否のわからないものが、たくさんいます。

というより、なんとか親の無事を知っただけとも言えます。

あとは電気がつながってない、もしくは電話がつながらないと思うしかないのでしょうか。

この先どうなるのかなあ。



ネットではたくさんの決意と励ましの言葉と同時に、たくさんの不安なつぶやきを目にします。

nessuno puo' sapere dove sara lo stesso posto tra un anno.

la vita continua e bisogna andare avanti


誰も先のことなどわかりませんよね、そのわからない将来、未来を信じるというのはとても強い意志が必要で、まして希望を持つのも、たいそうなことなのかもしれません。

しかし、わたしたちはひとりじゃないのです。ひとりぼっちの状態であることは事実でも、きっとどこかで誰かがつながっています。今回の震災でそう思いました。生きてること、人の温かさに触れたこと、家族がいたこと、本当にありがたいなあと思いました。

季節はめぐり、都心は梅と椿と桜がいっぺんに咲き、沈丁花も香るようになりました、マグノリアも白く気高く可憐な姿を見せてくれます。
植物はなんて強いのだろうと思ったとき、私もそうありたいと思いました。

私は生来能天気なんでしょうね((w´ω`w))
同じ生きるなら笑顔で、常にユーモアを忘れずに生きたいと思います。

というわけで週末はチャリティに東奔西走!

メッセージいただいた方、私は元気です。
「ストレスかしら。こんなに老けちゃって」と思ったりもしたのですが、単に普段が厚化粧なだけのようです(ノ∀`) アチャー。


また、おひとりずつお返事かきますね。



きっとステキな春がきますように。

こころのことはハーティ新宿

いつも皆さんのクリックに励まされてます☆ありがとう人気ブログランキングへ

Twitterボタン

|

« 地震;両親の無事と復興にむけて | トップページ | お願いです!吉岡先生の活動を応援してください。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 地震;両親の無事と復興にむけて | トップページ | お願いです!吉岡先生の活動を応援してください。 »