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2011年3月18日 (金)

地震;両親の無事と復興にむけて

父を見たという目撃情報をいただいた。

叔母その3によると「あなた、その情報は確かなの」ということらしいが、戦争と一緒だ。
姉夫婦が救助に行くこととなったが、私も信じることにしよう。


今回、たくさんの人の励ましでなんとかこうして平常心でここにいることができる。
なにより私は両親が死ぬとは一瞬たりとも思っていなかった。父は自分を「不死鳥だから」とのたまう気障男で、いつも呆れていたけれど、かくいう私もそう思っていた。叔母たちも「胸騒ぎがしないから、大丈夫よ」「オニイさんはきっと生きてるわ」と皆信じていた。

それよりも私の近しい人が笑顔ですごしているかどうかが気になった。両親は生きていたとして、近しい人が誰かいなくなったりしたら、それはそれでせつないなあと思っていた。

そんなことを話すと、皆に、落ち着いてるね、冷静だねと言われたが、人の安否だけでなく、この急伸する円高と、撤退する外資系企業を見るにつけ、日本の経済破綻が気になってしょうがなかった。


自分の仕事はどうなるのか、東京はどうなるのか、日本人はどうなるのか、、、

さて以前もお話したがマインドフルに生きるとは楽観的に生きることではない。
「なんとかなるさ」という気持ちで生きるのと同時に、起こりうる事態を想像する能力は大切だ。「自分が思っているとおりにいくことばかりでもない」最悪のケースが起こりうることを考え、そのときどうやってサバイブするか考えられるか、問われるだろう。

別な考え方ではドルコスト平均法や分散投資を挙げるが、円だけでなく、外貨、現金、ストック、ファンド、金、不動産、投資する時期はまんべんなく小額で、、、すべて手をかけるかどうかはともかく、そういった考え方や、その動きを知って損なことはない、さまざまな投資を知ることは、実生活に応用できる。

これがダメなら何もできない、、、、all or nothing ではない生き方をしていくことだ。


キャリアの棚卸しという言葉があるが、自分は何ができるのか、どんな人が支えになってくれるのか、シミュレートするのもおもしろい。


現況では、今後、復興関連、資材、運輸、医療、薬剤、そしてコモディティ、そういったものが求められるだろう。サービス、マスコミ、飲食は厳しい。農業は厳しいが兼業は強いと思われる。
機関投資家の目論見もさまざまなようだが、この円高をチャンスに石油、資材などとことん買い込んで復興にのぞんで欲しいものである。

さて前段が長くなってしまったが、ある日記をご紹介させていただきたい。

【実家は海から約1.7kmほどの場所にあり、津波の影響を受けた模様。

被災後2日経った際に撮影された航空写真では自宅は残っているものの、庭にはおびただしい残骸の数。両親の安否はもとより町の状況が一切入らず心配していたのだが、ネットの書き込みを通じ近所に住む方々、および実家を残し東京で暮らす我々子たちの連携から両親の安否を確認。


>略

実際に会うことはまだ先かもしれないけど、近日中に仙台市内に住む姉夫婦が現地に向かうようだ。

命だけは残る・・・・
万が一、最悪なことを考えたここ数日。両親をこのようなかたちで亡くす、実家という帰る場所を亡くすということを考えると気がおかしくなりそうな日々。震災2日前に届いた父からの手紙を見ては手紙とともに合掌し、キッチンに立てば母を思い出し涙を流す。一体何が残るんだと考える。不運に陥ったとき、いつも自分よりもツラい人だっているんだから!と考え乗り越えてきたような気がするが、もし仮に最悪な結末だった場合、自分以上に大変な人っているんだろうかと思った。そんなときに何が残る?何が自分にある?と振り返ると、両親から送られた”命”だけは残る。生があればなんとか道は切り開けるだろう命ある限り。

今日は午後の便にて羽田を飛び立ち、海岸線を眼下に見ながら北上し女満別まで飛んできた。被災地を見たかどうかはわからないけど、この下でまだまだ大変な思いをしている方々がいると思うと、すぐにでも駆けつけたい気分。

みんな希望をもって生きて。生き続けて・・・・命ある限り。】

この日記を読んで、なんとも言えぬ複雑な気持ちになった。


こんなに誰かを思い、孤独な夜をすごしていた人がいたのだと思うと、苦しくなった。

誰かの、消息や安否が不明であるということ、それが与える影響たるや、本当におおきいのだと思った。こんなにも人を思い悩ませ苦しませるものなのだ。

よく「自分の人生でしょ」と口にする人がいるが、それはやはり違うのだと思う。


人は人との関わりで自分を見つめる生き物なのだから。

さて、この日記を書いたのは私の弟だ。彼が、今回のできごとから何を感じたのかはわからない。


しかし、私は、これからも「ひとり台所で涙する人」の支えになっていこう。
常に希望とユーモアをもって生きていこう。
ムリにポジティブになることもない、しかし誰かを思いやる心を忘れずに生きていこう。

なぜなら両親の無事が終わりではない。
まだ連絡のつかぬ親戚縁者、友人がたくさんいる、、、、、そして復興へ。
核の恐怖もすぐそこにあるのかもしれない。


しかしちょっと『アキラ』みたい☆など思いながら、希望を持って生きていこう。


最後に、私の両親を支えてくださった皆様、そしてその無事を知らせてくださった皆様、本当にありがとうございます。そして、私を支えてくださった皆様本当にありがとうございます。


いつか会える日まで、一緒に、一緒に生きてきましょう。

sono qua sempre vicino!!

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コメント

御両親、御無事でなりよりでした!
「たぶんどこかで絶対大丈夫!!」とは思っていても、非常に心配で心細かったことと思います。本当によかった!!

常に前向きにポジティブに冷静に他の人たちのことも思いやって生きておられるheartyさんに励まされます。
私も小さなことを大切にしつつ、大きなことにも目をやって、しっかり自分の足で生きていこうと思います。

投稿: runrun | 2011年3月21日 (月) 14時10分

runrunさん

コメントありがとうございます。
私は同じ生きるなら楽しく生きたいです。
ひとりでいるとき、こっそりギャグを言って笑ってます☆

いつもユーモアを!

でもそれができない人たちがいることを思うと、本当に悲しくてへこみそうです。
泣くしかない人たち、寒さに震える人を思うと、なんとかしないといけないなあと思います。


地味にね。

投稿: hearty | 2011年3月26日 (土) 13時26分

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