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2011年1月 6日 (木)

母が特発性間質性肺炎という難病です。

今日姉から電話があって、母が特発性間質性肺炎という難病;不治の病http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/076.htm#と診断されたそうです。

叔母(父の妹)が重度のパーキンソンで寝たきりで、しゃべることも寝返りをうつことも、一切の動作ができない状態なのですが、母も難病と聞きびっくりしました。







しかし正直なところ、私は姉の方が心配。







姉は、私にとって母代わりみたいな人でした。

弟を亡くしてから母がダウンしてしまった間、姉が私の世話をしてくれたことを、よく覚えてます。母に甘えた記憶はないですが、とりあえず姉の後をくっついてました。



そんな姉が、母のことでオロオロしてしまって、、、、、、、将来のことなど考えてしまったのでしょうね。





電話しながらググって「お姉ちゃん、その病気、難病、、、、公費、申請して、もらえるものはもらって、、、、、まずそれ基本。あと、お姉ちゃんが全部かぶる話じゃないし、病気は誰のせいでもないし、お姉ちゃんはお姉ちゃんの人生を一番大切にしてね。無理することないからね」

気づいたら電話の向こうで姉が泣いてました。




姉はアーティストです。40前半にて、母の介護とか、勝手に想像して「ウツ」になってしまったみたいですが、、、、、、私は母も心配ですが、姉が創作をやめるようなことがあったら、もっと悲しいです。私も姉も互いに刺激しながらがんばってきたんですから。





それに、いくら母の病気が難病;不治の病とは言え、良くなる可能性があるかもしれません。そんなこと誰もわかりません。

かくいう私も、北海道のパーキンソン病の叔母を見舞ったとき、ショックで三日三晩、泣き続け、何も喉が通らなくなりました。
「死にたい」と簡単に口にする人がいるときに、叔母は自分でできることなどただのひとつもありません。生きる屍みたいになりながら生きてて、何が楽しいんだろうと思いました。

しかし、叔母はまちがっても死を選ぶことはないでしょう、はってでも生きる、死ぬまで生きる 笑 という意志を感じたとき、私は自分が小さく思えました。

そして、いまさらお医者にはなれないけど、せめて、どんなときでもハッピーでいられる心、そして誰もが安心して暮らせる世の中とは、どんなことか探求しようと思いました。そして今の私がいるわけですが、、、、、





ですから、姉がポロポロ泣くのがわかります。



母が心配なこと、何もできないこと、そして自分の将来と、、、、でも母の病気は母の病気です、希望を持って、気をしっかり持って、、、、、そしてまず自分の人生をしっかり生きて、、、、、私、お姉ちゃんが、お母さんのためにやりたいことできなかったとか言うの、一番イヤだよ、、、、関係ないよ、お母さんの病気とお姉ちゃんの人生と、まず自分の人生を生きて!お母さんだって、すぐ死ぬわけじゃないでしょ 爆 





ありがとう、ありがとう、heartyちゃんに電話して良かった。ありがとう 涙 涙 涙

しかし、なぜ人は悪いシナリオばかり思い描くのでしょう。








私は、無駄なポジティブシンキングはキライです。

ただ、昨日も書いたけれど、ネガティブに考えようとポジティブに考えようと、すべての事象は、起こることと起こらないことと、二通りしかないのね。

事象を客観的に把握すること、それと同時に、自分は一番何をしたいか、自分軸で考えることは大切なことじゃないかしら。



私にできることは、医学の進歩を願うこと、そして仮に体が病気であろうとも、心は健やかであることを願うこと。うぅーん、来年は緩和医療、選択するかな。






最後に皆さんにお願いです。特発性間質性肺炎という病気について、そして福祉に関する情報を、お持ちの方、なんでもいいのでお知らせください。







どうか皆さん、よろしくお願いします。

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