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2010年12月10日 (金)

ヤスクニで

12月8日は真珠湾の日。


ヤスクニへ行って来ました。

なぜなら大叔父が予科練のパイロットで、片道切符とともに真珠湾にて戦死してるからです。

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以前知人が、「毎年8月15日の終戦記念日は、戦犯としてシンガポールで処刑された祖父のお参りに、ヤスクニへ行く」と言うのを聞いて、戦犯か、、、と思うところがあったのですが、今は反省してます。

戦犯だろうと軍人だろうと,彼にとっては祖父ですよね。






異国で処刑されたことについて、なぜどうしてという無念や、やるせない思いはあることでしょう。

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さて、大叔父が戦死したことはなんとなく聞いていましたが、大叔父の直筆の遺書を見たのは数年前のことでした。

はたちそこそこで、死ぬためだけの特訓を重ねて、飛行機に乗り、異国で死んだ少年。

その最後の手紙(遺書)を見たとき、なんとも言えない気持ちでした。
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「末子のため、お父様、お母様とそばにいる時間短く、またこうして親孝行をすることなく旅立つことをお赦しください。これもお国のためです (略) 明日は洋上にいることでしょう。●、●(他の姉妹の名)家を頼みます。(略) 靖国の地で会いましょう。」と書いてあるのを見て、涙があふれてきました。






大戦開始時、予科練というのはエリート中のエリートが集まる部隊.

しかし、訓練に訓練を重ね、真珠湾に旅立つ前日に書かれたその手紙には、誇らしさよりも無念さ、さびしさ、かなしさ、そして故郷と家族への愛が,ひとことひとこと言葉を選びながらつづられていました。






死ぬとわかりながらの特訓、そして戦艦赤城の出航、長野の山育ちの大叔父にとって、その航海はどんな航海だったのでしょう。

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夏になると特攻隊の青年のことが映画になります。

死にたくなかった、恋したかった、フツウに暮らしたかったみたいな、、、、、でも予科練;軍人だった大叔父もそうだったでしょう。

ですから、靖国の地に会いに参ります、12月8日冬の日に。








お参りしたあとはのんびり市ヶ谷散策です。
factoryでお茶してゴンドラでおつかい物を買って、あられのさかぐちをのぞいて千駄ヶ谷で泳いだりしたら、あっと言う間に一日が終わっちゃいました。

私は東京の冬が大好き、このやさしさが好きです。





皆さんも、ステキな冬の日をおすごしくださいね。









先日、近所を夜中ジョギングしてたら木の根につまづいて転んじゃいました 






アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!!






現在、膝には大きな絆創膏です(||li`ω゚∞)

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