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2010年8月12日 (木)

アフガンの少女:TIME誌の表紙について

皆さん夏休みでしょうか。

私はまた軽井沢かなあ。

と、ところでTIMEという雑誌があるのですがその表紙について語らせてくださいね。

写真を転用するのはなんなのでリンクを見て欲しいのですが、鼻のない女性のポートレートです。私はこの写真を撮影した写真家Jodiにも敬意を表しますし、その写真を表紙に用いたTIME誌もすばらしいと思います。

しかしそこに添えられた言葉に対しては納得がいきません。なぜなら言葉のもつ影響力は大きいからです。

“What Happens if We Leave Afghanistan,” 我々がアフガンから去ったらこうなる。

アメリカ政府がそれを主張するのはかまわないですが、雑誌がひとりの女性の写真のコメントとしてそれを用いることはいかがでしょうか。

私は基本的にメディアというのは真実を伝えるのに徹し、体制に対しては常に反体制的な立場をとるものだと思います。

そもそもこの衝撃的な写真を見て皆さんどう思われましたか?

どうしたんだろ、大変だ、こんなことってあっていいわけ、酷すぎる、

そうやって彼女に対して胸を痛めたり、その国に思いを馳せたり、なんらかのシンパシーを覚えることでしょう。

しかしそこにアメリカが出てきて「やっぱ俺がいないとダメなんだよなあ」なんて言うと、私は納得がいかなくなります。だから世の中変わらないのだと私は言いたいです。

なぜならそれはあまりにマッチョな男の発想で、まったくもって懲戒善悪、悪に対しては制裁をという思考だからです。

もうひとつ残念なこと。

この件を御自身のブログなどで紹介なさっている方がいらっしゃいますが、捏造なさる方に驚きます。

20歳の女性が自らの意思でこの撮影に臨んだ、どうか彼女を称えてあげてください。日本人も勇気を持ちましょうって、、、、違います、まず18歳ですよ

私はニューヨークタイムズの記事も読んだ上でこのエントリーを書いています。

彼女は自分の強い意志を持ってこの表紙の撮影に挑んだわけではありません。もちろん強制的に撮影が行われたわけではないでしょうし、war porn=政治に利用されたとも言いません。

そもそも彼女は文字を書くことも読むこともできない境遇で育ち、世界がどう動いているのかを知る機会などなかったのです。

鼻と耳をそがれたあとは酷いトラウマのためしゃべることもできないし、その記憶も不確かで、どのように助けを求めどうやって今ここに生きているのかさえわからず、セラピストが彼女につき、少しずつその心を解いていったと言います。

「12歳のとき叔父の殺しの代償として妹と共に嫁がされた」

「家畜同然の扱いに耐えられず逃げた。」

「罰としてアフガニスタン軍の命により鼻と耳をそがれた」

「その後どのように助けを求めこうしているのか記憶はない」

「妹はまだそこに暮らす」

これが彼女の真実の言葉だとしたら皆さんはどう思うでしょう。

アメリカの介入により彼女達の人生が変わると思いますか。

私は戦争によって平和を勝ち得るのではなく、個々が平和を願いひとりひとりの尊厳が守られる社会であることを願ってやみません。

「この写真が掲載されることでどうなるのかわからない」

「私は私に鼻をつけて欲しいだけ」

こころのことはハーティ新宿

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