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2010年3月18日 (木)

人を見くだす若者たち あやのイタリア雑記より 3

私のイタリアの姉御 あやさんの日記をご紹介しております。

私が感じたことはまた後日お話しますね☆

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さて、「躾なし」、「摩擦抵抗力微弱」で育ってしまった人にはもうひとつ弱点がある。とは著者の言。
 それは、自分の長所や短所がハッキリしないってこと。
 そりゃそうでしょ。親や教師から怒られることもなく、対立を避けるために自己主張もせずじゃねえ。
 で、そういう人はなにをしたらいいかわからず、わからないまま、固まってどんどん時間が過ぎていく・・・。
 この場合、仮想的有能感も自尊感情も持たず、ひたすら委縮する。
 最近、このパターンの子どもたちも目立つんだそうな。
 そういえば、不登校とか引きこもり、ニートと呼ばれる現象がこれに相当するのかもしれない。
 あーあ、どっちを向いてもタイヘンだあ。
 他者軽視・仮想的有能感・努力軽視・努力経験の乏しさ・失敗・他者軽視・・・・・
 これが「悪循環の輪」なんですって。
 努力をしないで結果を得られればラクチンかもしれないけれど、満足感は乏しい。
 努力をしてもよい結果を出せるとは限らないが、「一生懸命やった」という経験は残る。
 また、失敗の原因を追求する根性があれば、それがステップとなり、自信につながる。
 さらに言えば、経験抜きの机上の空論はいざというとき弱い。砂上の楼閣と化す。
 もちろん、経験至上主義で、自分の経験のみをベースに置くというのも度量の狭い話ではあるが・・・。
 ここまでにあげてきた、さまざまな現象は「日本が個人主義へと移行している証拠」だという。
 言えてるかも!
 たとえば・・・。
 集団でかばい合って暮らす場合、人の悪口を言うのは自分の胸にナイフを突きたてるようなもの。
 だが、自分の身は自分で守るしかないとなれば手段を選んじゃいられない。各自、手持ちの札を使う。
 当然、「相手の足をひっぱって自分をあげる」ってのもあり、ってことになる。
 そういえば、イタリアには注意されると、自分がどんなに間違っていても、非を認めずにキレる人、意見が合わないと相手の粗を言い立て、話の筋を曲げてでも自分の意思を通そうとする人、意味もなく人の悪口を言う人etc.、いーーーーっぱいいるもん。
 まっ、最後の「意味もなく人の悪口を言う人」に関しては。他の人にとってはナンセンスであっても、当人にとっては、「人を落としめ、自分をあげる」という「有意義な」行動であったと学びましたです、はい。
「仮想的有能感が蔓延する未来社会がよいはずはない。われわれはこのような現実を把握して、足をひっぱりあうだけで協同できない社会がいかに効率が悪く、生産性に乏しいか、そして何よりもいかに心理的に潤いがなく、心理的に疲労するかをよく考えるべきである」 
 たしかに!
 常時臨戦態勢ってのはツラいものがある。
 そもそもエネルギーの無駄使いよ。エコじゃないわ。
 あれ、なんの話、してたんだっけ??

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以上あやさんの日記から。 私の感想はまた今度!
私の姉御、あやさんの日記はこちら☆

http://www3.azaq.net/d/01/ayana.html?1002085673

続くhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-a93c.html

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