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2010年3月

2010年3月29日 (月)

ちっちゃいちっちゃい

ちっちゃいヤツ

そう思いながら自分がちっちゃいのかなあとショボンとしたり。

今日郵便局で並んでいたら、局員さんが「今日から番号札をとってお待ちいただくことになりました」と声をかけます。

すると私の前に並んでいた人が番号札を取りました。そして私の番と思いきや、後ろに並んでいた若い男性がさっと前にでて札を取ったのです(・_・)エッ....?

しめた!!

って感じでしょうか、その男性は空いている席にドカッと腰をおろしました。

お年寄りもたくさんいましたけどね。

へえ、、、、、

会社の社用でしょうか、何通も書類を出したり控えを書いたり、その人の手続きにずいぶん時間がかかりました。

へえ、、、、、

どこの会社だろう。企業の名を背負っての勤務中に横入りはする、ドカッと椅子にふんぞり返る、、、、企業イメージダウンですなあ。

まったく防衛機制=そうやって自分を持ち直そうと必死な私。

以前、細くて急な坂を下ろうとしたところ反対側から車が突っ込んできたことがありました。

その車の前にタクシーがいたのですが、そのタクシーの前方に車が止まっているのに気づき、先に私を行かせようと待っていてくれたのです。

そこで私が「ありがたや」と思い、いざ坂を下って行こうとしたところ、その車は譲ってくれたタクシーにかぶせるように突っ込んできたのでした。

えぇーーーーーーーーー(〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.

睨み合いです。

するとその車の運転手、左ハンドルの窓を開けると「下がれ」と怒鳴りました。

若い男性でした。

マジですか。

どうしろと言うのでしょう。喧嘩ですか、喧嘩、、、、ってわけにはいかないですよね。

私、マニュアル車ですが、ウィーンと急坂をバックで上って譲りましたよ。相手にしたら「下がれ」かもしれませんが私はバックを上っていったのでした。

はあε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

今日の郵便局のことも、その車のことも夫に話すたび「男なのになんて情けない」と憤慨するのですが、「今は男だから譲るもの、男だから優しくするものだなんて思ったらいけない」とさとしておきました。

がしかし「下がれ」と命令していいものでしょうか?横入りしていいものでしょうか?

そこで私なら注意するという方いらっしゃいますか?

気をつけてくださいね、殺される人もいます、、、、

天童荒太氏の家族狩りじゃないですが、私の知り合いで公共の場で若者を注意したことがきっかけで、逆に酷い暴行をうけ心身共怪我を負い廃人となった人がいます。残念なことにその後まもなく亡くなってしまいました。

正義って?

と、ぶつぶつ思ったりしていたのですが、、、、、

私は横入りしなくちゃいけないほど急いでいない、

先を争って席につくほど疲れていない、

急坂だって臆することなくバックできる運転技術もある、

なにより心に余裕がありますから☆

私はそんなちっちゃいヤツじゃないもん。

そしてありがたいことではないですか、今日も一日無事終わったんですもの。

そんなこと言い聞かせているうち落ち着く夜でした。

読んでくださった人ありがとうxoxoxoxo

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2010年3月28日 (日)

伊予柑とレモンそして文旦のピール

Peel1

二週間かけてつくるピール。

絶品です。

国産ノーワックス、無農薬のもの、そして新鮮なものを使ってくださいね。

とにかくよくゆでこぼします。

一日だけで長時間煮てしまわないのが特徴です。

ゆでこぼす作業をして完全に苦味がなくなり、やわらかくなってからシロップで煮ます。

シロップを作ったら初日は1時間煮て漬けておく、次の日は30分煮て漬けておく、次の日15分、そして次の日5分、最後1分。そんな感じで煮詰めていきます。

そして初日だけ天日干し(できれば)あとは室内で6日間干します。

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2010年3月24日 (水)

la boulangerie quignon 2

国分寺のキィニョンさん。

立川のエキナカではいただいたことがあるし、八王子の駅前で買ったカロンさんのベーグルもおいしかったけど、、、、Q6

本店、そこはまるで乙女な世界。
ここはあえて乙女、ううん森ギャルなラインアップでまいりましょう。


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la boulangerie quignon 1

国分寺のキィニョンさん。
Q5_2
国分寺ってもっとずーっとサブカルだったけど、、、そう思いながらたどりついたお店はまるで自由が丘。

え、カワイイ(*≧m≦*)


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2010年3月22日 (月)

人を見くだす若者たち 3 本当はみんなOKなんだよ

私のイタリアの姉御あやさんのイタリア雑記より人を見くだす若者たちについて書かれた記事を紹介してまいりましたが、私がこの記事を読んで感じたことを書いています。

第一回はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-f0ff.html

第二回はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-93bb.html

この回は交流分析(フロイトの精神分析の口語版)に絡めて書いてみよう。

交流分析の哲学のひとつに「人生態度」という考え方がある。

第一の立場 あなたもOK 私もOK

第二の立場 あなたはOK 私はnot OK

第三の立場 あなたはnot OK 私は OK

第四の立場 あなたも私もnot OK

望ましいのは心をいつも第一の立場におくことである。

というより基本、人は皆OKである。

誰にも泣き叫ぶだけの赤子のときがあり、恋をし、結婚をし、疲れ果てながらも社会の荒波を生きているのだ、この世に生きとし生けるものすべてがOKである。

がしかし、何かイヤなことがあると「あぁ、私ついてない、やっぱダメなんだ、ムリだよねえ。それに比べてAさんはいつもうまいことやってうらやましい」

自己否定に走ってしまうのが第二の立場。

そして「オレは完璧さ、それを認めない○のヤツおぼえておけよ、お前なんかたいした大学でてないだろ」そううそぶくのが第三の立場。

そして「この世の中すべて滅びてしまえばいい、えーいっ」と交差点に突っ込んでしまった人、、、、これは第四の立場です。

ふぅ。

猛スピードでざざーーーっと書いたけど詳しくはいつかワークショップでお話ししますね(*゚∀゚)=3ハァハァ

で、あやさんが最後の記事に書いていたルーシーとチャーリー

ルーシーは常に第三の立場。

悪いことが起きても自分の非は認めず人の非を攻め、自分が批判されると周囲に八つ当たり。

チャーリーは常に第二の立場。

なにかあると自分のせい、批判されても言い返さずそれっきり。

そして毎度同じパターンの兄妹のやりとりを繰り返すというわけですが、たしかスヌーピーはキャラクター分析の対象だったような気がする=たぶん著者は交流分析をご存知なのではないだろうか。

一見相反するようでいて、それぞれ自己に劣等感を持ち相手を肯定的に受け入れもしないという点では共通なのだ。

ここであえて言うが、望ましいポジションが第一の立場であるだけで、しょせん人間である。時に落ち込み自己否定をしてみたり、時に優越感に浸って他者否定をすることがいけないことだとは言わない。

人とのかかわりにおいて相手や状況により第二、第三の立場を行ったり来たりするというのが前提だ。

しかしまた第一の立場に戻ってこようよ!というのが交流分析の人生態度の学びである。

私は交流分析の学びを通じて、今自分の心がどこにあるか考えることができるようになったのですごく感謝している。

が、慢性的にルーシーとチャーリーな場合どうだろう。

これはあまりに気づきがなさすぎる。

どうしたら良いかはあやさんの記事に紹介されていたが、まず人は皆OKである、あなたも私もOKだ。

シンプルにそう思えると、とてもラクになるとお伝えしたい。

神様ではないから相手をなじったり、羨んだり、引きこもったりがあってもかまわないが、神様ではないからこそ人は皆OKだと思う心をはぐくみたいものだ。

日本神話ももうすでに崩壊し、お金(円)と言う通貨もいずれ大暴落するのかもしれない、失業者も増え、治安も悪化し、孤独な人が増えていくのだろう、頼る人どころか家族などとうに空中分解し、そんななかでどうやって自尊心やら感謝の心やら人を慈しむ心をはぐくむのかわからない時代になってきているのは事実だ。

しかしどんな世の中になろうと私が私であることは変わりない。自分を労わり、自分の一日に感謝し、そして自分の目覚める朝を喜ぶことはできるのではないだろうか。

実存主義=夜と霧のフランクルはあのアウシュビッツ収容所において、常にユーモアを忘れず、強い意志を持って生き抜いた人だ。彼の心はどんな状況においてもウイットに富み、ファンタジーにあふれていたという。

彼は収容所にいながらも決して誰も私の自由を奪うことはできなかったと言わんばかりだ。

私は彼のように強い人間ではない。

がしかし私の座右の銘は「妄想フリー」だ。

世界のどこにいても、地球がどんなになろうとも、私は私の一日の始めと終わりに挨拶をし、未来を想像しようと思う。

そしてその延長でひとつひとつの出会いに感謝を伝えていけばいいのだ☆

あやさん、ありがとう。

読んでくれた人ありがとう。

きっとつながるよ☆ありがとうの輪

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人を見くだす若者たち 2 誰かに決めてもらいたい人たち 

私のイタリアの姉御あやさんの日記から、人を見くだす若者たちという記事を紹介してまいりました。

今日は私が感じたことを書いています。1回目はこちらhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-f0ff.html

先日カウンセラー仲間で話していたところ、今は「○しなさい、なぜならそれをすることでこういう結果になるから」と結果を明示しないと人はついてこないという話題になった。

ここで再三言うが未来は不確実、一切保障はない。

それでも誰かに決めてもらい、それに従って生きることを望む人が増えているという。

また、ある精神科の医師によると、最近は病名をつけてくれという人が多いという。悩み苦しむよりあなたは何かの病気だと言ってもらえたらほっとするというわけだ。

病気になりたかったですか 汗

スピリチュアルブームなども一見自由な精神世界のようだけど、神やら妖精やらエンジェルやら誰かの声に従って生きることを望む人たちによって成立しているような気がする。

私はまかりなりにもトランスパーソナルなジャンルを学び、それなりに仏教を信仰しているわけだから、スピリチュアルな考え方そのものを否定するつもりはない。

それにすがる側の心の不安定さゆえの従順さが気になるのだ。

これは香山リカ先生がおっしゃっていた。

自分の人生の意味づけ、定義づけがほしい。あなたは前世は○で、だから現世はこうで、未来はこうなる。

誰かにそう言ってもらうことで、そうか今私がここで苦しむのはこういう因果の元にあるからだと納得するのでしょうと。

なるほど、、、、、

世界的に信者を増やす一方のイスラム教や、告解によって赦されるカソリック、そしてお題目を唱えなさい的宗教は瞑想いらずでわかりやすいというわけか。

話がそれそうなのでこの辺でやめるが、ここでジェラットの意思決定理論というのを紹介しよう。

予測システム(選択可能な行動、その結果と確立を予測する)
価値システム(結果の望ましさを評価する)
基準システム(評価基準に基づき、目的にかなうものを選択する)

職業選択における連続的な意思決定を三つのシステムであらわしたものだが、職業選択時以外のもこれは当てはまることだろう。

予測すること、起こりうる結果の望ましさを評価し、評価基準に基づき目的にかなうものを選択する。

見ていて「あぁ、あぶないなあ、気づきがないなあ」という人は、そのシステムが働いていない。

がんばればがんばっただけ結果がついてくると思うのか、はたまた自分はすでに有能だと思っているからか考えることすなわち己に問うことを放棄しているように思える。

私は苦しくてもつらくても悩むことすなわち考えることを放棄しない。人を見くだしている暇などない、それは取り立てて謙虚なわけでなく、、、ただひたすら私自身が成長の途中だからだ。

続くhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/ok-6d2c.html

すべての出会いに感謝。

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人を見くだす若者たち 私が感じたこと 1

私のイタリアの姉御あやさんのイタリア雑記より人を見くだす若者たちについて書かれた記事を紹介してまいりましたが、私がこの記事を読んで感じたことを書いていこうと思います。

まず

自分の人生、自分で選択して結論をだす。

picture your future!自分の未来を思い描がいてみる。

いつもありがとう☆感謝を忘れない。

そんなことが欠けてしまっているような、、、、、

はてさて私もかつて若いスタッフと接しながらその「歪んだ自尊心」はどこからくるのだろうと考えたことがある。

取引先からクレームをいただきこってり絞られたのは私。

しかし当の本人は「良い経験になりました。これでスキルアップできました。」と言う。スキルアップというのは夢中になって励み、それが形になり評価され初めて実感できるものではないのだろうか。

彼の場合、まず使えない、動けない、というレベルでのお叱りだったのであるが、それを「歪んだポジティブシンキング」よろしくスキルアップしたとはわけわからぬ。

そして特筆べきこととして、ただの一言も謝罪の言葉がなかった。

もう謝らなくていい、今後成長すればいいのだから、、、、

それは本人が心より反省し、さらに今後成長の可能性がある場合、「さあ顔をあげて」という場面で用いる言葉であろう。

まず先様にご迷惑かけたことを認め、自身の至らなさを恥じたら申し訳なく思うはずだろうに、、、、たぶんきっとそう思ったのだけれど謝るよりここはポジティブに行こうとでも思ったのだろうか、、、、、がしかし彼はスキルアップしない=ロクな仕事をしないまま退社した。

唖然としたものであるが、この記事によると仮想的有能感は「歪んだ自尊心」ですらないのだそうな。なにしろ根拠がない有能感だから自信も自尊心も備わっていないということらしい。スキルアップの根拠もないということだ。

なるほど。

以下はある人=Aから聞いた話。

部下Bは自分は高学歴(名のしれた大学をでた)というのが自負だったそうな。

Aは「仕事とは人に言われる前にやるものだ☆」と思っているのだが、部下Bは与えた仕事はとりあえずこなすが、それ以上食いついてこようという気配がない。時間いっぱいかけて終わらせる毎日だ。

そんなBをよそに仕事は次から次へどんどんやってくる。

ざーと見渡しては仕事の早いものに回しては仕事を片付ける日々に、Aは部下Bに「終わったんだったら、次まだあるから言ってくれよ」とサラっと言ったらしい。

するとですよ、、、、、

「それって自分に仕事を頼みたいということですか、だったらそう言ってください」と言う。

はあ。

「いや、あのさ、終わったら、フツウ次どうしますかとか、何かありますかとか言わないかな?」とまたサラっとAは言ったそうな。

すると部下B「自分は言われないと次どうしていいかわからないんですよ。」と真顔で言ったそう。

上司Aは「言われないと動かない」ことを正当化する部下を前にして、自分の価値観が崩れる音を聞いたという。

がしかし部下B、それでは仕事を覚えるのが遅すぎる、評価も評判も良いわけない。

すると自分は認められない、こんなにがんばっているのに誰も認めてくれない、自分は○大を出ているのにとブウたれる。

同僚のみならず、先輩や人事面接などあらゆる場で臆面なく繰り返したそうだ。

認めてくれないって言ってもねえ。

本人もなぜ自分のその有能感が認めてもらえないのかが理解できず、ずいぶん苦しんだようであるが、とうとうメンタルヘルスの不調を訴え1年以上休職することになったそうな。

その後のことは聞いていない。

言われないと動けない自分を正当化するなんて、、、

そういう言葉を上司に対して口にする自体疑問だが、難関を突破してその企業に就職し、自分のやりたい仕事をやらせてもらえるチャンスをつかんだのなら意欲を持って仕事に臨めばいいじゃないか、それを言われないと動けないってなんだそれ。

あ、最近就職じゃなくて就社って言うんですよ┐(´-`)┌

まあ別に謙虚になれとも言わないし、タメ口でもいい。

せめて自分が選んだ職業であれば喰らいつく気概はないのかと思うのだ。

「ハイ終わりましたぁ、で、次、何すればいいわけぇ☆」と上目遣いのギャルメーク。

「○の件ですけど、自分にやらせてもらっていいっすか」と無愛想なダンスィ。

ちょちょっと、そのクチの利き方はなぁにと思ったとしても、やる気を示される限り「おぉ」っと思うだろうし任せてみよう、長い目で見守ってみようと思うこともあるかもしれない。

まぁそんな喰らいつくような殊勝な若者いないって?!

いいや、本当はいる。

加速度的に進む少子化により、若者全員が大学に行く時代になった。だから高学歴を自慢しながら何もしない?できない者が、あなたの隣に座っているかもしれないが、本当にできる人はとっとと次元の違う世界に行ってしまうのだ。

そこでカウンセリングに重ねて思ったこと。

カウンセリングでは問題そのものの解決と同時に自律=自分で考え自分で答えをだせる人になるということにも重きが置かれる。

「もぉ、どうしたらいいかわからなくなってしまって、、、」そこまでは全員共通だ。

では一緒に考えてみましょう!と導くのが私の務めだが、極たまに「考えたってわからないから教えてって言ってるんでしょ、、、どうしたらいいか聞いてるんでしょ。」と凄む人がいる。

残念ながらインテーク初回面接90分でその人の人生30年、40年理解できるわけない。まして90分の後、歩き出すのはその人の足であり、私の足ではない。

貧困ネットワーク湯浅氏も「どうしたいか聞く、しかしあぁしろこうしろとは言わない、なぜなら自分の手で生きていけるようになってもらわないとならないから」と言っていた。

然り。

だいたい大きな病気がみつかって「これからは塩分控えなさい、運動しなさい、タバコとお酒はやめてくださいね」と言われてもそのとおりにしない人が多いと聞く。

ちなみに慶応病院では癌告知後タバコを吸うならその後の治療はできないと断られるそうな。

命をかけた場面でそうなら、今会ったばかりの私の「あぁしなさい、こうしなさい」に従うものとは到底思えない、ただ聞いただけにしか思えないのだが、、、、

自分で悩み苦しみ結論を見出すよりおみくじでもひいてみるって感じだろうか(^-^;

続く→http://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-93bb.html

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2010年3月19日 (金)

自分が楽になると世の中楽になる 5

私はずーーっと抑圧されてたから、、、

だから楽しみ方がわからない。

ここで復習

楽しむことが得意なのは自分の中のFC(フリーチャイルド)です。

フリーチャイルド、それは自分の大切な天使です。楽になるにはFCフリーチャイルドを活性化させていけばいいんですよね。

Q11

そしてそれはポジティブな言葉、おいしいもの、美しいもの、あたたかい人との触れ合い、そして料理でもパンでもいい、絵を描いてもいい、歌を歌ったりスポーツをしたり踊ったり大騒ぎしたり体を使ったり創作すること、なにより自分の好きなこと楽しむことにより活性化します。

へえ、、、、自分が楽になり結果、人生が楽になる、、、そのためにはFCを活性化していけばいいのかあ。でも体を動かしたり、歌ったり、料理作ったり、自分の好きなことをしろと言われても、何していいかわかんなーーーい?????

まああまり難しく考えずにここはシンプルに、まずはなにかを食べておいしかったら「おいしい」と声にだして言ってみる。なにかをもらったら「ありがとう」と言ってみる。朝出会う人に必ず挨拶をする、一日の終わりに自分にお疲れ様を言う。

小学1年生の気分ですが、そこから始めませんか?

言葉って自分にかえってくるんですもの☆

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人を見くだす若者たち あやのイタリア雑記より4

私のイタリアの姉御 あやさんの日記をご紹介しております。いよいよ最終回か?!

私が感じたことはまた後日お話しますね☆

******************************

いよいよ大詰め、締めくくりでございます。
 巷に跋扈するルーシーやチャーリーを減らすには。の、お答えや、いかに!
「なに、それ?」ですって?
 おっと、失礼!著者がピーナツの登場人物であるルーシーとチャーリーを引き合いに出していたもので、つい。
 では、ちょっと説明。本文から引用してみます。
「ルーシーは悪いことが起きても、自分自身は成功していると考えるので弁解する。一方チャーリーはそれを自分が失敗の原因と考える。例えば、野球でルーシーのフィールディングは、チャーリーのピッチング同様うまくないが、試合に負けた原因についても彼女は自分の失敗に触れないで、チャーリーのまずさを指摘する。
 ・・・ルーシーのような人たちは、おそらく心のどこかに劣等感を持っているために、他者の小さな欠点も見逃さず、彼らに対して優越者のように振る舞うと考えられる。むろんそのような行動は周りから批判を受けやすく、また彼らはその批判に対して我慢できない。それのため彼らは周りに八つ当たりする傾向がある。
 一方、チャーリーは劣等感を持ち、すぐに自分はダメな人間だと考えやすい。ただルーシーと違うのは、他者からの批判を無批判に受け入れてしまい、自分の立場で反論しようとしないのである」
 ねっ、ねっ!この二人、著者のいう「イマドキの若者」パターンにピッタリあて当てはまると思いません??
 というのは、おいといて。
「仮想的有能感でパンパンに脹れあがっちゃったルーシー子」や「仮想的有能感どころか自尊感情もなく、ひたすらプシュプシュに萎んじゃってるチャーリー男」をこの世から減らすにはどうすればいいか?
 著者の結論は以下の通りです。
 第一に、本当の意味での躾を回復する。
 普通の大人になるために必要な行動・態度を身につけさせる社会化訓練をする。
 ですよね!
 近頃は犬だってしつけ教室に通って、人間や他犬との平和共存のワザを仕込まれるご時世です。「躾ゼロの子ども」と「そのなれの果てのおとな」は犬にも劣ることになる。
 第二に、自尊感情を回復する。
 子どもに一定の役割を与え、それを遂行させることで、達成感や自己効力感を持たせる。
 たとえば、ちょっとした家庭での仕事を担当させるとか。
 わたしは日曜日の靴磨き、登校前のトイレ掃除や門の外回りの掃除など、小学校の頃からさんざんやらされましたっす。休みともなれば草むしりだの、皿洗いだのと20項目くらいのお仕事を担当させられた。
 だから、自尊感情が芽生えたかというと、クビをひねる部分はあるが、「これならできる、知っている」とか「これだったらこうすればいいかな」というひらめきはあった。
 とにもかくにも、「あなたは勉強してればいいの。後はママがぜんぶやってあげます」は絶対ダメッ!というのだけはたしか。
 だって、そういう親の態度って「けっきょく、ぼくって(わたしって)ごはんひとつ炊けないヤツ」と子どもを委縮させる原因になるもん。
 第三に、多くの人たちに直接触れ、実際に自由にコミュニケーションできる場を増やす。
 でもねえ・・・。寝ぐらである家庭ですらふれあいの場所でなくなりがちな現在、人工的に作りだした場所で温かいコミュニケーションなんてあり得るのか、という疑問は残りますが・・・。
 でも、やらないよりはやったほうがいい!

******************************

以上あやさんの日記から。 私の感想はまた今度!
私の姉御、あやさんの日記はこちら☆

http://www3.azaq.net/d/01/ayana.html?1002085673

続く

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2010年3月18日 (木)

人を見くだす若者たち あやのイタリア雑記より 3

私のイタリアの姉御 あやさんの日記をご紹介しております。

私が感じたことはまた後日お話しますね☆

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さて、「躾なし」、「摩擦抵抗力微弱」で育ってしまった人にはもうひとつ弱点がある。とは著者の言。
 それは、自分の長所や短所がハッキリしないってこと。
 そりゃそうでしょ。親や教師から怒られることもなく、対立を避けるために自己主張もせずじゃねえ。
 で、そういう人はなにをしたらいいかわからず、わからないまま、固まってどんどん時間が過ぎていく・・・。
 この場合、仮想的有能感も自尊感情も持たず、ひたすら委縮する。
 最近、このパターンの子どもたちも目立つんだそうな。
 そういえば、不登校とか引きこもり、ニートと呼ばれる現象がこれに相当するのかもしれない。
 あーあ、どっちを向いてもタイヘンだあ。
 他者軽視・仮想的有能感・努力軽視・努力経験の乏しさ・失敗・他者軽視・・・・・
 これが「悪循環の輪」なんですって。
 努力をしないで結果を得られればラクチンかもしれないけれど、満足感は乏しい。
 努力をしてもよい結果を出せるとは限らないが、「一生懸命やった」という経験は残る。
 また、失敗の原因を追求する根性があれば、それがステップとなり、自信につながる。
 さらに言えば、経験抜きの机上の空論はいざというとき弱い。砂上の楼閣と化す。
 もちろん、経験至上主義で、自分の経験のみをベースに置くというのも度量の狭い話ではあるが・・・。
 ここまでにあげてきた、さまざまな現象は「日本が個人主義へと移行している証拠」だという。
 言えてるかも!
 たとえば・・・。
 集団でかばい合って暮らす場合、人の悪口を言うのは自分の胸にナイフを突きたてるようなもの。
 だが、自分の身は自分で守るしかないとなれば手段を選んじゃいられない。各自、手持ちの札を使う。
 当然、「相手の足をひっぱって自分をあげる」ってのもあり、ってことになる。
 そういえば、イタリアには注意されると、自分がどんなに間違っていても、非を認めずにキレる人、意見が合わないと相手の粗を言い立て、話の筋を曲げてでも自分の意思を通そうとする人、意味もなく人の悪口を言う人etc.、いーーーーっぱいいるもん。
 まっ、最後の「意味もなく人の悪口を言う人」に関しては。他の人にとってはナンセンスであっても、当人にとっては、「人を落としめ、自分をあげる」という「有意義な」行動であったと学びましたです、はい。
「仮想的有能感が蔓延する未来社会がよいはずはない。われわれはこのような現実を把握して、足をひっぱりあうだけで協同できない社会がいかに効率が悪く、生産性に乏しいか、そして何よりもいかに心理的に潤いがなく、心理的に疲労するかをよく考えるべきである」 
 たしかに!
 常時臨戦態勢ってのはツラいものがある。
 そもそもエネルギーの無駄使いよ。エコじゃないわ。
 あれ、なんの話、してたんだっけ??

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以上あやさんの日記から。 私の感想はまた今度!
私の姉御、あやさんの日記はこちら☆

http://www3.azaq.net/d/01/ayana.html?1002085673

続くhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-a93c.html

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2010年3月17日 (水)

人を見くだす若者たち あやのイタリア雑記より 2

私のイタリアの姉御 あやさんの日記をご紹介しております。

第一回をご覧になってない方はまずこちらをご覧ください(。・w・。 )

http://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-3054.html

私が感じたことはまた後日お話しますね☆

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親からも学校からも躾をしてもらえないまま、オトナになってしまった子どもたち。
 

この年を食った子どもたちは哀れなことにも、「社会システムにわが身を順応させる」という葛藤なしに成長してしまった。
 が、社会には当然ルールがあり、守らなければハジかれる。
 

あーあ。
「ぼくは(わたしは)一般民なんかよりずーっとエラいんだ」という勝手な思い込み(仮想的有能感)はみごとに打ち砕かれる。
 か、あるいは、打ち砕かれそうな気配を察し、自分の殻の中に閉じこもってしまうというパターンもある。
 というわけで、仮想的有能感は「歪んだ自尊心」ですらないのだそうな。
 なにしろ、根拠のない有能感だから自信がなくてもいいわけ。

「怒り」の話に戻って。
 自信がないからこそ、相手の非を言い立て、相手を落としめて自分の有能感を持ちあげようとする。
 攻撃は最大の防御なり。
 でもさ、これって卑しい行為、かなり格が落ちますよね、人として。
 仮想的有能感現象には「インターネットの普及も大いに影響あり」というのが、著者の弁。
 つまり、インターネットだと世界のできごとを一歩下がって見据える形になる。一歩下がるとは「上から眺める」という感覚にもつながり、神さまにでもなっちゃったような気分になるってこと。
 岡目八目とはよく言ったもので、外野には、いつだって渦中の人の粗がよく見える。が、人の粗が見えるのは「自分がエラい証拠」ではないし、「自分に欠点がない証」でもない。
「明日はわが身」、「おたがいさま」なのである。
 ところが、経験なしでモノを言う場合、それがわからない。その分、言葉がキツくなる。
 こんなことも、落とし穴なのかもしれない。
「自分もやっちゃうかも」とか「やっちゃったこと、あるし」という深謀遠慮ができれば罵倒する言葉もたしょうは柔らかくなるんだろうにねえ。
 

インターネットの影響のもうひとつ。
「書き込む」とき相手の顔をみなくてもよい、という点が指摘されている。
 見ず知らずの人になら、激しい言葉をぶちまけられるということのようだ。
 が、わたしはそれより「自分の顔をさらさなくてもよい」というのが大きいんじゃないかと思う。匿名なら何を言ってもいいような気になるということだ(ほんとは、良心ってものがあってブレーキになるはずなんだけど・・・)。
 

イタリアに「石を投げた手を隠す」と言い回しがある。
 つまり、人の背中に石を投げつけておいて、ぶつけられた人が振り向くと、知らんふりするという行為。
 これまた、卑怯千万なやり方。
 石を投げつけたいほど憎いヤツなら、面と向かって投げつけてやりゃいいじゃん。

 おーとっ、それを言っちゃーいけなかったわン。

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以上あやさんの日記から。私の感想はまた今度!

私の姉御、あやさんの日記はこちら☆http://www3.azaq.net/d/01/ayana.html?1002085673

続くhttp://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-dafd.html

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人を見くだす若者たち あやのイタリア雑記より  1

私のイタリアの姉御 あやさんの日記をご紹介します。

私が感じたことはまた後日お話しますね☆

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『人を見下す若者たち‐「自分以外はバカ」の時代-』という新書を読んだ。

 で、「すさまじいなあ・・・」という気持ちと「やっぱり・・・」という思いが錯綜した。
 まずは小学生。先生に対する態度がひどい。
 怒られると、しゅんとするどころか、友だちの非を盾にとって口答えしたりする。
「ムッカつく」とか「死ね」とか激しい言葉がガンガン飛び出す。
 けれど、友人間では相手の気をうかがい、いつもビクビクしている。
 だれかの気に障って目をつけられるのが怖いからだそうだ。
 イジメに対する恐怖である。

 日本人はかつて「悲しい」という感情をメインに生きていた。
 思い通りにいかないことがあると、できない自分が情けなく悲しかった。
 が、現在は「なぜ思い通りにならないんだ!」と腹を立てる。
「怒り」がメインである。
「怒れる民族」となりつつあることは、途切れ途切れに読む現代日本文学から、わたしもいやというほど感じている。
 なぜこんなことになるかというと、「根拠のない有能感を持っているからだ」なのだそうな。
 

著者・速水俊彦氏はこういった現象を「仮想的有能感」と呼ぶ。
 なぜ仮想的なのかというと、「ぼくは(わたしは)デキる」という感覚が経験や自信に基づくものではないからだ。
 どうしてこんなことが起こるのかというと、まずは「躾がなってないから」。
 親が「子どもの個性尊重」とか言っちゃて「躾を放棄」してしまっているからだ。
 

ちょっと、すいません。ここでわたしの意見。
「個性」って「わがまま」とは違うと思うんですよ。ちょっと叩かれたくらいじゃ消えてなくならない。なにしろ、DNAの中にしっかり組み込まれるんですから。むしろ、どんなに叩かれたって別の道を通って噴き出してくる。それがホンモノの個性なんじゃないかしら。
 だから、たんなる「気まぐれやわがまま」と「個性」をふるいにかけるには、「躾」というフィルターが必要になる。
 躾とは「社会生活を潤滑に進めていくための知恵」みたいなもので、この知恵で磨かれて花咲くのが個性よ。生まれたままだったら野生。 
 なーんてことはおいといて。
 躾は学校でもしにくくなっているという。
「人はみな平等」とかいうウソが幅を利かせて。
 そのせいで、「生徒が先生とため口をきくようになり、教師の言葉を尊重しなくなった」
 百歩さがって、ため口は許容するとしても。
 自分よりモノを知っている人を無知な自分と同じだと思いこみ、ああ言えばこう言ったとしたなら、教育なんか成り立たない。

 教育が成り立たなければ人は動物に換える。
 食べて出して産んで死ぬだけ。

******************************

以上あやさんの日記から。私の感想はまた今度!

私の姉御、あやさんの日記はこちら☆http://www3.azaq.net/d/01/ayana.html?1002085673

続く→http://heartyshinjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-9858.html

メッセージや質問は cocorofuwafuwaアットyahoo.co.jp

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2010年3月15日 (月)

自分が楽になると世の中楽になる 4

油断すると食べ物のことばかり続きます。

たはあ。

で、これまたカワイイものみつけたのでご紹介。

国分寺のQuignonさんのお菓子。

Q10

ストロベリーココナッツ?だったかな、Hちゃんにあげました☆

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2010年3月14日 (日)

角煮????

これなあんだ?

Kurumafu

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2010年3月11日 (木)

自分が楽になれば世の中楽になる 3

笑顔でいられる程度にがんばればいいのよねえ、、、、、

アルゼンチンに帰省中の友達からすごくすごくステキな言葉をいただきました!

それにしてもアルゼンチンの大ファミリーステキですよね。

何かあると一族全員集まってバーベキューしたりキャンプしたり、おじいちゃんもおばあちゃんも赤ちゃんもお肉モリモリ!!!

大きい従兄妹たちが小さい従兄妹たちの世話をしてくれるから、大人は大人でおしゃべりに花を咲かす。子供は子供の社会を知り成長する。

でも今の日本では家族が集まるなんて結婚式とお葬式ぐらいですよね。

なんかさびしいなあ

と言ってから気づいたのですが、そもそも私も核家族で育ったし、地域性もあるかもしれませんが、その当時でさえ3世代で暮らす人など珍しかった記憶があります。

ですから家族の在り方と言ったとき、すべてが揃っていない=なにか欠けているものに対してダメ=not OKだなんて暴力的だなあと思ってしまいます。

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2010年3月 7日 (日)

言葉シリーズ3 頑張れじゃなくて頑張ってるね!

前回は一日一日を大切に、同じようにひとくちのご飯を味わうこととて大切なことだよと書いてみました。

さて日本人は頑張るって言葉好きですよね。

頑張ります、頑張ってね、もっと頑張れ、頑張ろうよ。

なんだかこの言葉「もっと、もっと」と上を目指す言葉であるのと同時に、「このままではいけない」と今を否定しているようにも聞こえます。

とそこへアルゼンチンに帰省中の友達からエアメールが届きました。

Argen

「ここにいると自分ががんばりすぎて肩がこっているのがわかります。自分が楽しめる、笑っていられるぐらいにがんばればいいのよね」

向こうは何かあると大家族が皆集合、ワイワイがやがや大賑わい。

ママも笑顔ですごす、子供も笑顔ですごす。そんな日々のようです。

それにしてもすごい!

彼女の言うとおり☆頑張ることは悪くないの。

楽しむこと笑うこと、それを忘れてしまうほど頑張ることはないってこと

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2010年3月 4日 (木)

3月13日ワークショップ

3月13日土曜日のワークショップは自分を知る☆ワークショップです。

交流分析をベースに自分の知っている自分、自分の知らない自分、母親のような自分、父親のような自分、子供のような自分、、、さまざまな自分を知るための時間です。

同じことを見聞きしても人によって感じること思うことが違うのはなぜ。

でも違って当然!

みんなみんなOK。

参加者同士、互いを受容しながら、自己理解、他者理解を深めていけたらいいですね。

ステキなワークショップになりますように。

日程;平成22年3月13日(土)

時間;13:00~16:00

場所;ハーティ新宿 新宿駅南口5分
*渋谷区代々木2丁目カタログハウス本社様前
人数によっては他会場を使う場合があります。 

料金 1回 3000円 

資料含む

*必要な物がある場合は申し込まれた方に直接お知らせします。

お代は当日現金にて頂戴いたします。

 
グループワークファシリテーター ハーティ新宿 代表カウンセラー

木下幸子

日本産業カウンセラー協会認定産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、

日本交流分析協会認定交流分析インストラクター、

アートセラピスト

ウエルリンク㈱ セルフサポートスタッフとしても働く皆様のお声をうかがう日々です★

おひとり参加大歓迎、もちろんお友達も大歓迎。

お申し込みと質問はcocorofuwafuwaアットyahoo.co.jp

*お手数ですがアットを@に変えてお送りください。

お名前

ご住所

お電話番号

メールアドレス

参加人数

以上をお知らせください。(o^-^o)

定員になり次第締め切ります。ご了承ください。

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2010年3月 3日 (水)

大根のアレ 例のアレ

大好きなにゃいさん

知的でクールかつ繊細でユニーク

そんなにゃいさんのおいしいお惣菜を再現フィルムしたのでご紹介しますね。

Daikon1

とその前にこれってなにかわかりますか?

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2010年3月 2日 (火)

自分が楽になれば世の中楽になる 2

先回はイライラママと、大騒ぎのチビさんのお話でした。

しょうがないよね、子育てって大変だもん。

ってところでしょうか。

大変だからイライラする、般若のように怒鳴りまくる、、、、

もちろんかまわないですよ、そうせざるをえないときは。

でも毎日だったら不健康!

まず笑顔でいられるように、サポートしてもらえることはどんどん頼んで、仲間を作って、小さな小さなチビさんに「あんたぁ」と言う前に誰かに聞いてもらえるといいんですよね。

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自分が楽になれば世の中楽になる  1

交流分析ってなんだろ?

自分が楽になる生き方を学ぶ心理学だよ。

そう答えてますが、、、、

この連載はそんな交流分析をベースにお話させていただきます。

最近思うこと

日本人って厳しくないですか。

スポーツ選手のインタビューを読むと海外のコーチはまず褒める、褒めて褒めて褒めてのばす。日本のコーチは悪いところを指摘してなおさせる。

発想が違う。

また誰かが何かをしようとすることや一生懸命やったことに対しての批判がすごいなあと思います。

「どうせあんたがそんなことしたってしょうがないのよ」とか「だからなんだっていうの、そんなの意味ないよ」とか。

きついなあ。

違う意見がでた瞬間、猛攻撃の人がいてすごく怖い思いをしたことがあります。

「あなたの言ってること自体、この件と関係ないと思います!!」

発言丸ごと却下ですか?

怖いなあ。

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2010年3月 1日 (月)

ハーティ新宿について

女性専門カウンセリングルーム ハーティ新宿のご案内です。

ハーティ新宿は女性カウンセラーによる女性専門のカウンセリングルームです。カウンセリングを受けられた皆様が、ひとりの女性として生まれてきた事を喜びに感じ、内面から美しく輝く毎日を送れますよう、お手伝いしてまいります。

医者でも先生でもなく、ひとりの女性として皆様の心を、あたたかく、やさしく、しっかりと受けとめ、一緒に揺れたり、感じたりする存在でありたいと思います。

◎木下 幸子 産業カウンセラー協会認定産業カウンセラー 

         産業カウンセラー協会認定 キャリアコンサルタント

         交流分析協会認定 交流分析インストラクター

         アートセラピスト

         ウエルリンク セルフサポートスタッフ

上場企業、学校、団体などにおいて働く人の心の健康サポート。

女性の癒しと自己理解のためのサポート。

より良い人生のためのライフキャリアコンサルタントとして、就活、婚活支援☆

◎サイト ハーティ新宿 http://heartyshinjuku.private.coocan.jp/ 

◎場所   新宿南口 マインズタワー方面 カタログハウス本社様手前。

 渋谷区代々木2丁目ご予約頂いた方に詳細をお知らせします。

女性専門、完全予約性というルームの性質をご理解の上ご予約ください。またご本人様でない予約はおうかがいできかねます。

◎予約受付時間帯 月~金9:00~13:00 17:00~21:00 土、日10:00~18:00

料金 

◎個人セッション 60分5000円 初回のみ90分10000円

*一度受けて1ヶ月以上間隔があいた方は60分8000円でうかがいます

◎自己理解と癒しのアートセラピー  90分 10000円 

*一度カウンセリングを受けた方は60分5000円でうかがいます。

◎エゴグラムテスト            90分10000円

自分の心の状態を知るためのテストです。

カウンセリングと併せて自分を知るてがかりとなるといいですね。

◎その他、履歴書、職務経歴書作成指導などキャリアコンサルティング

      恋愛、婚活サポート

ご予約  

メールまたはHPの予約フォーマットをご利用ください。http://heartyshinjuku.private.coocan.jp/mail/postmail.html

cocorofuwafuwaアットマークyahoo.co.jp(お手数ですがカタカナを@に変えてください。)メールでお問い合わせいただく場合、お名前、ご住所、お電話番号、予約希望日と時間を第一希望~第三希望までお書きください。*時間を必ずご記入ください。

お急ぎの方はケータイメールのアドレスをご記入いただきますと早い対応が可能です。電話はこちらがさしあげる分にはかまわないのですが、セッション中は電話にでることができません。また当日予約などは予約がとりにくいことがあります。ご了承ください。

◎キャンセル キャンセル料はいただいておりませんが、初回の方で2回キャンセルなさいますと、その後のご予約を受けることができません。ご理解ください。

◎相談内容 子育てのこと、将来のこと、ご夫婦のこと、勤務先のこと、こんなことでもどんなことでもひとりで苦しまずに話してみてください。なおカウンセリングは医療行為ではありません、「悩み、苦しみ」というのは病気ではありません。あくまでより良い生き方や、新たな自分を探していくための時間であるとお考えください。

*医師以外のものが治るという言葉を使うことは、法律によって禁じられております。

カウンセリングルームハーティ新宿では、特定の流派や技法にとらわれることなくカウンセリングをおこなっております。

基本は対面による言語でのカウンセリングです。

カウンセラーは皆さんの心を映す鏡です。皆さんの発した言葉が、カウンセラーを通してもう一度ご自身の耳に入るとき、本当の自分がなにか、本当にやりたいことはなにかなど、自分でも意識していなかった自分を知り、もう一度自分の立ち位置を見直すことができるようになります。

また、さまざまなワークを用いながら皆さんの気づきをうながしてまいります。

*基本的には何度かカウンセリングを受け、カウンセラーとの信頼関係が築かれた段階で相談しながら用いることになります。

*またテストはあくまでテストです。答えは皆さんの心の中にあります。それを導くきっかけとして利用できたらいいですね。

◎お問い合わせ、質問  予約をなさる前に不安でいっぱいな方はまずはメールにてお問い合わせください。cocorofuwafuwaアットマークyahoo.co.jp(お手数ですがカタカナを@に変えてください。)

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