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2009年11月16日 (月)

口にする言葉が人生を決める 4

にもかかわらず笑っていたい,,,,連載の続きです

しかし笑えないときがあるのは誰よりわかります。

ですから私は誰に対しても「にもかかわらず笑おう」とは言わないですよ。

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「笑えないよね」ってときありますもの。

なかには自嘲気味に自分を笑う人がいますが、私は「笑う場面と違うんじゃない?」と問います。皆さん「笑うしかないでしょ」というけれど、「それおかしいかな、笑えるかな」ともう一度問います。

するとワンワン泣かれます、堰を切ったように泣かれます。我慢してらしたんでしょうね。本当の感情に蓋をしてたんでしょうね。

そのように、自分の本当の感情にしたがってまず泣いてかまわないと思います→泣いてくださいっ

「泣いてどうする」なんて野暮なことは言いませんって。

どうか、その悔しくて惨めで悲しくてやるせない思いを涙で流してくださいな。

ただ、そんな毎日が永遠に続くわけはないのですから、どうかもう一度笑顔で生きてこう。

そういう思いの「にもかかわらず」だと、私は思います。

ところで先日、ミャンマーで活躍なさるジャパンハートの吉岡さんのブログで書かれていたことですが、子供だから、命が助かったのだから、、、、というのは間違いで、誰でも自分の身におこった異変を受け容れられるまで、そこに苦しみや葛藤が伴うのは当たり前、ですから謙虚な思いで医療に取り組みたいという話。

それはどうしても失明せざるをえなかった子供の話ですが、光を奪われたその恐怖、悲しみ、不安、怒りは、私たちの想像を絶するものだと思います。

その子は突然、皆の前から姿を消し、ひとり真っ暗な倉庫の物陰に身を隠していたそうです。そのときの医長がものすごく叱ったそうですが、吉岡さんは今度そういうことがあったらまず抱きしめて、それからその子の気持ちを聞いてあげたいと言います。

それを読んだら涙がでてきました。

「みんなを心配させて何してる!命が助かったことをありがたく思え、生きてるだけましだろ」と叱ったかわかりませんが、そういう思いで叱ったとしたら、なんて悲しいことでしょう。

先日私の知り合いの奥様が、大動脈剥離という症状で緊急入院、一命を取り留めました。しかし、左手に麻痺が残ってしまったといいます。

なんでもたいへん死亡率が高い病気だそうで、「麻痺ですんで良かった」と何度も医者は言うそうです。

しかし奥様にしたら、目がさめたら片手が動かないわけです、命が助かってよかったと思う以前に、どうしてそれを受け容れることができるのでしょう。しかもさらに別な病院に転院してリハビリが続くのです。

知り合いもフルタイムに働きながら奥様を見舞い、家事をこなす生活に疲労の色濃い毎日です。

良かったですね、命が助かって、、、、だなんて簡単に言えない。

「そうでしたか。簡単に受け容れられるものではないでしょうね。ただ、一生その状態が続くわけでないと信じて、どうかお二人で乗り切ってくださいね」と私。

自殺予防の活動をしているとさまざまな悩みをうかがいます。

「夜逃げしてやっとの思いでたどり着いた知らぬ街」「夫の暴力で全身打撲、必死で逃げて逃げて生き延びてきた」そんな話がたくさんです。

「どんなにたいへんな毎日をすごされたのでしょう、なんて言葉をかけていいかわかりません」それしか言えないときがあります。

良かったね、命があるだけまだましよ、なんて言えない。言えるわけない。頑張ってだなんてまちがっても言えない。

ただひたすら、その人の立場でその苦しみを感じ、私はそんなあなたを心で支えてあげたいという思いを伝えるだけです。

「にもかかわらず笑える」かどうか、それは本人次第。

決して強制できるものではないのです。

ただ悲観することもないということ、なぜならきっと笑える日がくるから。

だからそれまで私はそーーーーーっと支えてますよ。

メッセージや質問は cocorofuwafuwaアットyahoo.co.jp

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