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2009年7月11日 (土)

寛容さ、そして多様さ

寛容さ

私は決して寛容なわけではない。

ただ可能性を認めたいだけ。

だから絶対とか、間違ってるとか、治るとか、わかるとか、、、、そういうのが苦手かな。

たとえば治療者に「いいですか、このとおりやったら絶対治ります」なんて言われたら、「あなた預言者ですか」とか突っ込んでしまうかもしれないなあ。

「不安ですか、、、、、でも大丈夫、私も努力しますよ。」同じ目線でそう言われたら、なんか心強いかも。

そもそも60億もの人が暮らす地球。

ちょっとでも互いのことわかりたいという思いで生きるのであって、わかったつもりになるのは危険だし、私は苦手。

積極的不確実性;ジェラット意思決定理論という言葉があります。

簡単に言うと未来は一切わからない、しかしそれは誰に対しても平等である。

そんな不確実な未来だからこそ可能性を信じ、直感を知性としてとらえ、信念の力を活用することが必要っていう理論です。

私は、可能性と直感を信じたいんであって、誰かの言葉はそんなに重要じゃない。

ポジティヴシンキング?

ところでポジティヴシンキングという言葉を曲解なさる方がいて、「こんなことでぶうたれちゃダメですよね。がんばんなきゃ、オトナだしぃ」なんておっしゃいますが、、、、がんばるってポジティヴシンキングじゃないですよ。

ぶうたれたってかまわないですよ。

大泣きしたってかまわないですよ。

はめをはずしてはしゃいだってかまわないです!!

どんな自分も自分です。

ダメな自分なんていないです。

「ダメだからがんばる」その段階ですでに誰かと比べてるんですよね。

オールオアナッシングで生きていませんか?

笑顔で快活でやさしくって愛される自分ならOK、そうじゃないとダメ?!

そもそもあなたと私は別な人間で、あなたに合わせることが友達じゃないし、私に合わせてくれるから友達じゃない。

それは親だろうと兄弟だろうと一緒です。

一期一会の出会いさえ感謝できるか、そこから学ぶことができるか、それはあなた次第。

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

私は私。あなたはあなた。

でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

                              ゲシュタルトの祈り

私は寛容かどうか、、、もしかして不寛容かもしれない。

しかし世の中が私と同じ考えや感じ方の人だけの集合体だったとしたら、それはちょっと怖すぎる。

理不尽さに憤りを感じたり、やさしさに感動したり、さまざまな思いを抱く自分が好きであるのと同時に、世の中もさまざまな者の集合体であって始めて成りうるのだと思う。

あの人ステキ、お、そんな考えがあるのか、なるほどねえ、やっぱりダメあの人とは合わない。

そうやって皆が頭を寄せ合い、無から有を生み出す、、、そんな地球に乾杯

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