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2008年6月26日 (木)

みんな違ってかまわない  2

前の記事ではイタリアの口頭試問をご紹介いたしました。他との違いを明らかにした上で、他を認め受け容れていくのが西洋ではないかと。

対して日本。日本人は人と異なるということを非常に恐れ,和を尊ぶ文化です。

個として、何を考え、何を重んじるかよりも、みんなと仲良くすることができて、和を乱さないよう振舞うかに重きをおきます。それが日本的な奥ゆかしさや寛容さにつながるのかもしれないですし、相手の気持ちを慮るという気質もそれゆえかもしれません。

ところで、私のところへは「人とうまくやっていけない」と悩む方がたくさんいらっしゃいます。

お話をうかがっていると「納得しなくても納得したふりをしたり、疑問を感じてもそれを口にしないようにする」「イヤなことでもとりあえず言われっぱなし、そんな自分に葛藤をおぼえる」と言ったことですが、「良い子でいたかったり嫌われたくないという」思いがおありのようです。

社会生活を営んでいく上で、ある程度の妥協、我慢、寛容さは必要です。

また、すべての物事に動機が必要なわけではないと思います。「なんとなく」もありだと思います。ただ結果として心と身体のバランスを崩し、なんらかの不協和音を感じ「そういえば私はナニをしたかったのかな」とふりかえるようではもったいないなあと思います。

それでもふりかえったのでしたら、まだ大丈夫。

一番残念なのは、何も疑問を持たず流されていくだけの人生?!

大切なのは、ひとりのときも誰かと一緒のときも、心の奥に湧き上がる感情に気づいてあげること。他との違いを恐れることなく、周囲を意識することなく、そーっとそーっと自分の事を抱きしめてあげてください。

そうやって自分自身を大切にできる人は他の誰かのことも大切にできるのではないでしょうか?

拒絶に対して果敢に挑む西洋的石の文化。大きな受容、しかし流れに飲まれるかのような東洋的水の文化。

いずれにせよ人は皆違う。そんなのは当然のこと。その上で疑問を持ったり、シンクロしたりしながら互いを受け容れていくことができたらいいですね。

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