« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月

2007年4月28日 (土)

連休のお知らせ

直接お問い合わせいただいた方にはお伝えしておりましたが

帰省および旅行などなど、、、、5月6日までお休みいたします。

ご予約は5月7日からとなります。

みなさまもステキな休暇をおすごしくださいね。

こころのことはハーティ新宿へ

|

2007年4月25日 (水)

パーキンソン病の叔母

先日パーキンソン病で入院中の叔母を見舞いに行ってまいりました。

すでに親しい人にはメールをしたり会ったときに聞かれれば話してまいりましたが実際つらいです。

私は普段「死にたい」「生きていてもしょうがない」という人の思いをうけとめているのですが、彼女は自分で死ぬことはおろか、死にたいという思いを口にすることさえできません。

寝たきりで食事とトイレのときだけ車椅子に移されます。

食事は誰かに食べさせてもらいます。

50音を書いた紙を指差しておしゃべりします。

仕事は?ご飯は?どうやってきたの?旅費はいくらかかったの?

私の心配をします。

*お小遣いまで渡されました。

気丈な人ですから、誰よりも熱心にリハビリに励み、せめて握力だけは落とさないようにと、横になりながらも器具を握り締めています。

どうしてこの人が、どうしてこんな目に。

覚悟はしておりましたが、おおよそ受け入れがたいことでした。

すぐ上の姉(別な叔母)が世話をしに通ってきておりますが、私と二人きりのときにこう打ち明けられました。

ハイ薬って渡されるでしょ、あれ、ただの精神安定剤なの。もう、効く薬がないんだって。リハビリするだけなんだって、、、どうして○ちゃんがって思うと、帰りにひとり涙があふれてしょうがないときあるわよ」

本人はそれを知っているかどうかわかりません。

翌朝、彼女の髪をとかしてあげました。

ねえ、クセっ毛?私も、お父さんもクセっ毛。みんなクセっ毛

しばらくおしゃべりすると「つ、か、れ、た」看護士を呼んで横になります。

泣いちゃいけない。泣いてどうする。

そう思いながらも涙があふれ、ベッドにつっぷしてわんわん泣いてしまいました。

すると不自由な手で私の頭を一生懸命なでてくれます。

12年ぶりの故郷の海は時化て鉛色。吹雪の空がますます気持ちを重くします。

大丈夫。ひとりじゃないから、大丈夫。みんな○ちゃんのこと思ってるから。

笑顔で手をふって病室を後にしました。

その後、今日まで何度も思い出して泣きました。

小さい頃の思い出とともに夢をみて目をさまします。

泣いてどうなる、、、

そういわれればそうかもしれません。

しかし、その現実を受け入れることができるまで、涙を流すという作業は必要なのかもしれません。

それに決して悲観したわけでも、あきらめたわけでもありません。

こうやって誰かが誰かを思って涙を流し誰かに語ることで、彼女のことを思う人が増えると思いますし、彼女の病気について知ってくださる方が増えるなら幸いです。

治す方法のない病気があるということ。

意識はしっかりしたまま、寝たきりの日々をすごす人がいるということ。

窓からみえる景色と見舞いの者の服装で季節の移ろいを知る人がいるということ。

パーキンソン病、、、、、おぼえてください。悲しい病気です。

おいしい北海道土産のお話はcookpadでどうぞ。

こころのことはハーティ新宿

|

2007年4月23日 (月)

衣食住のこと

衣食住。

食に関して語るのはものすごくタイヘン。

そもそも私の母が本当になんでも上手に作る人で、それはそれは有名で,ご近所や、友達のお母様方に教えてまわるほどだったのです。

オトナになってからは、公私であちこちで珍しいものおいしいものを頂きました。

それがいまや激アレルギー。すべてのたんぱく質NGです。

米だって麦だって食べ続けると気持ち悪くなります。

よって今は、どのお店のなにが、、、とか、今度○で何を食べようとか、、、、縁がないですねえ。

さて住

ひたすらきれいにすること。

古いものを溜め込まないこと。

空気の流れをよくすること。

そんな感じでしょうか。

まあ、北欧テイスト、ミッドセンチュリーが好きと言え、インテリアショップじゃないですし。

こだわってないようでこだわっていて、実際はこだわってないのかなあ。

うぅーん、洗面所をどうにかしたい。

プラスティックがなんだか陳腐に感じて。

最後に衣。

やはり一番楽しいのはこれでしょうか。

小さい頃から流行りのものは着せられませんでした。

女の子だから赤、ピンク、、、そういうのもなかったです。

思えば、シックな子供でした。

小学校5年生のときに肩がケープになった紺色のトレンチコートを買ってもらったのですが

ガーン。背が伸びてしまい、泣いても叫んでもダメ。ワンシーズンのみの着用でした。

独身の叔母に服を買ってもらったり、大きくなるとお下がりをもらうのが楽しみでした。

今は3つ違いの姉からお下がりもらってくらしております(笑)

たまに私も趣味があわなくなったようなのを彼女にあげます。

デジカメで撮影した画像をメールで送ってあげて互いに確認するんです。

彼女はミナペルフォネンなんかが好きなとってもおしゃれさんです。

そして小柄、、、せっかく頂いてもきつくて着れないっ。

そんなときは私のかわいい妹のような存在のお友達へお届けにあがります。

どちらかというと姉とその人が姉妹だとピッタリくるようなおしゃれ具合ですね。

私の最近のお買い物、ちょっとだけ紹介しますね。

ナラカミーチェのシャツ

セオリーの白い麻のジャケット、

モードエジャコモのゴールドのオープントゥのパンプス。

ゴールドの靴って店頭では一見派手でいやらしい感じがしますが

履いてみると肌馴染みが良く足長効果もあります。

もちろんゴールドの質感もいろいろでしょうけれど私はけっこう好きです。

さあて、今年はマリンな着こなしをしたいのでステキなボーダーを探してます。

ところで皆さんの衣食住感ってどんなですか?

こころのことはハーティ新宿

|

2007年4月20日 (金)

グレゴリーコルベール展

無類のアート好きというか、まちがいなく写真好きな私。

日常よりあちこちで写真展をみておりますし、写真集も相当数持っております。

昨日はお台場へグレゴリーコルベール展をみに行ってまいりました。インタビューはこちら。

ノンフィクションとかドキュメンタリーとか、ネイチャーフォトといった概念を越えた世界に圧倒され、手塚治虫の仏陀の「生きとし生けるものすべてに捧ぐ」という言葉を思い出しました。

人と動物、人と自然。

みな愛しく美しい存在であるということ。

鯨と一緒に泳ぎ、オランウータンに手をひかれ、象に絵物語を読んで聞かせる。

子供のころドリトル先生になれると信じていた自分を思い出しながら。

ところで、私はある小乗仏教国に長いこと滞在した経験があります。

生活は祈りとともにはじまり祈りとともに終わります。

人々は互いを助け合い、なんでもシェアしながら暮らします。

そこに滞在するうちに、人も自然の一部であること、きわめて矮小な生き物であること、あるがままを受け入れ、生かされていることに感謝するものだと感じたとき、自分のわがまま加減、傲慢さ、弱さをみせつけられたような気がしました。

そして、帰国後摂食障害=過食嘔吐がピタっとおさまったのです。

というより、今までなにをやってきたのだという惨めさとともに、生きなおすことができるような気がして吐くことをやめました。

まあ、10年以上吐いていたのですから内臓はすでにボロボロで、免疫力も極限まで低下しておりましたが、なんとも自然な流れで私は摂食障害にさよならしました。

もちろん今だって気持ちが不安定なときにたくさん食べてしまいますし、チョコレートなんて一度食べ始めるとやめられなくなりますが、、、、

いいじゃないですか

と自分を許せる自分になりました。

今日4月20日は弟の命日です。私は彼の記憶は一切なく、彼に対してのシンパシーもさして感じないのですが、その存在が喪失したことによる一家の傷の大きさをひしひしと感じながら成長しました。

生きることに対するひとつの理由付けのように、彼の死を持ち出されたことは事実です。「○ちゃんは、かわいそうにねえ」「ハーティは生きているからなんでもできてよかったねえ

今は彼の存在はともかく、私は私であることにを喜びを感じ感謝しながら生きていこうと思います。

皆さん、生きていることに感謝するのは難しいことですか?

グレゴリーコルベール展、6月24日まで、金曜日は夜10時まで開催中です。

私は写真集も買って帰りました。ささやかながら家の蔵書が増えます。

こころのことはハーティ新宿

|

2007年4月18日 (水)

お育ち?!

ある辛口コラムニストのエッセイ

あなたがどれだけお金をもっていようと
あなたがどれだけ美しかろうと
あなたがどれだけ高学歴であろうと

その立ち居振る舞い、、、、、育ちの悪さは隠せないのよ。

確かに。

私の大好きなAさんは、電車のホームにいらっしゃるだけでオーラが違います。

なにを言ってもどんなことをしてもゆるされる明るいキャラクター。

口角はいつもあがってらしてのびのび天真爛漫。

アメリカ贔屓の代々の血がそうされるものでしょうか。

大ぶりのアクセサリー、華やかなお色のお洋服をさらっと着こなされます。

この方の立ち居振る舞い、社交手腕のスマートさ、、、日常でも見習うところたくさん。

*詳しくは書けませんが皇室とも縁戚関係にある方。今はやりのセレブなんて言葉を使うのをためらうような正真正銘のノーブルです。

さて、先日某所にうかがった際「私は従業員何千名って会社の本社勤めで、、、、そこでひとつの課をまかされて」という女性が、両足のヒールを脱いでストッキングの足をプラプラさせながら夢中になって話されるのです。

子供じゃないんだから、、、私の方が恥ずかしくなりました。

西洋では靴は洋服と一緒=人様の前で脱ぐのははしたないこと。一度履いたら、ベッドまでぬいじゃいけないもの。

私は庶民です。

育ちはかえられなくても、せめて立ち居振る舞いや、人に対する接し方は生涯学び続けたいと思います。

また、おしゃれと一口に言っても、考え方はいろいろあると思います。

色彩もそうですが、ここではこの色、ここではこの色と、TPO考えられる方こそ、おしゃれさんじゃないですか?

そもそも私は黒が好きとか絶対赤がいいとか、他の人にはなんにも関係ないのです。

「自分を知った上で自分にあった装いをすること。そしてそれがその場にふさわしいかどうか、そこまで考えること。」

それができるかどうかでしょうか。

こころのことはハーティ新宿

|

2007年4月12日 (木)

お近づきになる方法

上司、部下、取引先?オンナノコ、オトコノコ、、、、嫁、姑?!

皆さんは、うまくやりたい相手がいたとしたらどうなさいますか?

「相手の立場;目線で物事を考える。 」

たいていの方は、そう答えますね。 ところで目線ってよく言いますが、同じ目の高さにあわせるということでしょうか?

「えーと、えーと、まずは相手の話を聞く。
何が好きか、何に興味があるか知る。
つでに自分のことも知ってもらわないと、、、 」

相手の目線で物事を考える=相手を知るということでしょうか?


相手を知りたい、まずは自分に好感を持ってもらいたい、、、

そんなとき一番簡単なのは相手の行動をマネなさることです。

相手が頬杖をついたら自分も頬杖をつく。
相手が「マジかよ」と口になさるなら、自分も相手の話に「マジかよ」と相槌をうつ。
相手がパスタを食べるなら自分もパスタにする。
相手が足を組んだら自分も同じように組む。
相手がカジュアルな格好の方なら自分もそうなさる。
相手が、、、、、


とにかくまねっこしましょう。

だいたい、人は自分と共通項の多い人に安心感をおぼえるものです。

出身が一緒だったり、好きな食べ物が一緒だったり、同じものを持っていたり。

ですから、仲の良い人同士が揃うと、ファッションやらアクションが似てくるのです。

もし相手の方に対して苦手だなあ、怖いなあ、そんな感情をお持ちなら、なおさら同じ仕草をなさるとお近づきになれますよ。

ただし、どうしてもマネしたくない、相手のしぐさをみているだけで気持ち悪くなってしまう、もうダメ!!

そこまで嫌悪を抱いているようでしたら、触らぬ神にたたりなし?

ムリなさらないであきらめていいかもしれませんね。

こころのことはハーティ新宿

|

2007年4月 5日 (木)

ミラノの気候を思う

ふとミラノを思い出しました。

ミラノの4月はサイアクで、、、、もともと海抜下のため冬はずーーっとミルク色の霧に覆われるのですが、4月に入っても当然ドヨーンとしております。そんななか八重桜がけなげに咲きはじめるのはいいですが寒さと冷たい雪まじりの雨で突然ボタッボタっと落ちるさまは悲しいものがあります。

当然、人々はいまだ冬の装い=北イタリアに欠かせない毛皮のコートだったりするわけですが、4月も終わりに近づき、いよいよ5月に入るというころ

突然夏がくるのです。

すると待ってましたとばかりに、Tシャツやノースリーヴに着替え一気に夏モードです。

ミラノ名物アペリティーヴォのおつまみ食べ放題!スタンディングでおしゃべりに夢中になる人たちがお店の外まであふれます。

そして「あぁ、イタリアにいるのだなあ」と私は実感するのです。

*ドリンクを一杯オーダーするとカウンターのおつまみが食べ放題というサービス。集客のため各BARが競いあうので、おつまみとあなどれないほど充実しておりお腹いっぱいになるほどです。

ふとそこで温度計をみると、なんと35℃ですよ。一ヶ月の寒暖の差30℃!そしてそのまま夏になり秋がないまま冬がくるのです。とは言いすぎですが、そのぐらい季節は過激にかわります。

ですからあちらの人は日本にくると「山の紅葉はすばらしい」とか、「梅雨という長い雨に驚いた」とかシミジミ語るのですね。

つくづく日本は穏やかな気候で、穏やかな国民が暮らす国です。

いわんや、なんとも繊細な人々の集合体か。

|

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »