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2007年3月

2007年3月30日 (金)

あわただしい3月でした

昨日、思い切って母に電話をし、なんとか叔母の入院先を聞き出し、本日エアもホテルもレンタカーもすべてブックいたしました。連休を利用して、、、なんて思っておりましたら周囲に「バカ、意識があるのだっていつまでかわからない、一刻も早く行ってあげなきゃ」そうプッシュされ、一気に旅程を決めてしまいました。

しかし、例によってなんともさびしい一人旅でございます。いいわ、ひとりで車飛ばすわ。

だいたい私は究極のアレルギー体質。おいしいものや土地の物、残念ながらあんまり興味ないのですよね。どなたかご一緒したところで、私はお宿でひとりポツンと待っているだけです。

でもお土産はなにがいいかなあって、自分は食べれないのに今からワクワクしております。

ところで今月は一日しか休み=なにもしない日がなく、現在、自分史上二番目ぐらいに免疫力がおちております。明日の試験は当然受験いたしますが、あさってのトレイルのレースは棄権することにいたしました。

ずーっと顔に湿疹が消えなくて、なんともおちつかないのですが、昨年の11月の末にハーフマラソンにでたあと、しばらくして風邪をひいたのですがそのとき以来、なんと約4ヶ月も消えない湿疹なのです。

蕁麻疹というのは、なにかアレルゲンを摂取してしまうと反応するもので、あくまで一過性のものなのですが、この湿疹は長いです。しかも今月に入ってから、朝突然吐いたこともあり、ヤバイなあと思っておりましたが、なにぶん病院に行く時間がないっ。それでも先日やっと時間をとってでかけてまいりました。

先生とは10年以上のおつきあいになります。

「なにその顔?!豆でしょ。あなた豆食べた?顔のそこの位置にできるのは豆よ」とうれしそうに言います。この方は、湿疹をみると何を食べたか即言い当てます。ブウ

「豆?!いいえ、まず食べないですが、、、あ、コーヒー!」

「そう、コーヒーの飲みすぎ?疲れているときのコーヒーはよくないわ。それか風邪ひいたりしなかった?」

「あ、風邪?去年の11月にハーフマラソンにでたあと、12月にはいるころに風邪ひきました。そのあとからずーっと湿疹なんです」

「だめよ。風邪ひいちゃ。あなたはそうでなくても人より免疫力低いのに、風邪なんかひいたらもっと落ちるのよ。しかもマラソンって、、、普通の人だって免疫力が落ちるのに、あなたは普通の人よりもっともっと気をつけないとアレルゲンが大きく反応したり、感染症にかかりやすくなるのよ」

「はあ、でも去年のことですよぉ」

「いい、去年のそのタイミングでアレルゲンが大きくなったらあとは免疫力が戻らないかぎりそのまま。それか豆を一切とらないで体の中の抗体をなくすかしないと戻らないわ」

「じゃ、豆食べなければ治りますか」

「うん」

「豆か、、、、ナッツもダメでしたっけ」

「ナッツも人によってだけれど、アレルギーのグループとしては一緒。だってナッツって英語で豆でしょ。だから避けた方がいいわね」*違うって、先生。ナッツはナッツでしょ、豆はビーンズだって、、、そんなつっこみをおぼえながら診察終了。

その後思い出したことがありました。

ハーフマラソンの大会のあと、インドカレー屋さんで豆のカレーを食べたのです。そのことをケータイメールで先生に報告すると、即効レスがあり「うわあ!ハーフ走ったあとに豆のカレーはかなりきちゃうわ。気をつけないと。疲れたときにアレルゲン摂取するとひどいことになるわよ。お互い年齢とともに体力だって衰えてきているってこと、、、ね。」ブウ

そこで現在、肉魚卵乳製品プラス豆全般を摂取しないようにしております。稲科(米、小麦、キビ類)もなるべく摂取しないよう、ほぼ野菜、果物、芋という日々でございます。

レースにむけて走りこんでまいりましたが、これ以上の免疫力の低下は想像したくありませんので、試験が終わったらのんびりするのもいいかな。

こんなのとかこんなのみてくるのも楽しそうですね。

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2007年3月27日 (火)

偶然というluckをつかむには3

偶然というluckをつかむにはというテーマでお話してまいりましたが、いよいよ今日が最終回です。

ここでひとつだけ私的なことをお話させてくださいね。

私の叔母。

現在彼女はパーキンソン病という病気で入院しておりますが、その生涯を「家庭になんらかの事情があって親元で生活できない子達」のためにささげたといってもいいほど、愛情と情熱を持って施設での仕事にのぞんでおり、私のあこがれで尊敬の対象でちょっとだけ怖くてとてもユニークなおしゃれな叔母でした。

今日母から便りがあり、今の彼女は意識はしっかりしているけれど、自分ではなにもできない、食事さえ胃に直接流し込む日々、、、お見舞いに行く?それとも気持ちだけでも、、、、とありました。

半年ほど前に私の両親がたずねたときは「どうして私がこんな目に遭うの、どうして、どうして」と泣きじゃくったと聞き胸が張り裂けそうでしたが、今は口さえきけなくなってしまったそうです。

私も思います。「どうして○ちゃんが、そんな思いしなくちゃいけないの?なにか悪いことしたって言うの?人のために生きてきて、、、どうして定年むかえた途端こんな目に遭うの」

恨めしいです、嘆かわしいです、理不尽です、あまりに不条理です。身体のみならず精神神経的にもむしばまれていくのです。その恐怖を思うと涙がでてまいります。

「ペンがもてないから返事書けなくてゴメンね。」

腱鞘炎?それから何年経ったのでしょう。彼女はずーっと病名を隠していたのですが、病気は進行していくだけです。父は「heartyは繊細な子だから、、、、、あまりの変わりぶりに耐えられないよ、、、だから行かないでいい」と私に彼女の所在を明かしません。頭にきて電話で大喧嘩してそれっきりです。そうして私は薄情にも彼女を見舞ってません。

どうかご安心ください。私は本当に苦しい人大切な人のもとへ駆けつけることなく日々ぼけぼけ生きているおろかな人間です。毎日ベッドで誰かの幸せを祈るとき、自分の偽善ぶりを誰ともなく謝ります。

ただ、考えていただきたいのはそんな彼女が惨めなのか、不幸なのか?

彼女を思うと苦しいだけですが、かわいそうに、、、、とは言ってはいけないような気がするのです。もっと率直に口にしますと、定年したら、あとは自分の好きなことに時間とお金を使うのが幸せだって誰が決めたのですか?病気は不幸せですか?

私にとってはどんな変わり果てた彼女でも私の最愛の叔母です。

それが事実です。そしてその思いは変わらないのです、、、それをどうやってかして伝えないといけません。そう、どうにかしないと。

ということで本題、偶然というluckをつかむには、、、、

素直な心、無心であること、日々感謝を口にすること、流されず自分で決断をくだせること、自分のおかれる状態を把握すること、極論ですが、人生がそれの繰り返しだったらどうでしょう。

難しいですねえ。がんばります。

またそういう言葉が浮かんだ方いらっしゃいますか、、、、どうか完璧に生きようと思わないでくださいね。まずは「ありがとう」でいいのですから。

偶然というluckはそこにあります。天から無数にふっています。それをキャッチできるかどうかはほんの少しの心のゆとり、そして感謝と楽しむ心。

たとえば、、、、

汗をかき、自分の足で一歩ずつ登った山の山頂でいただく水や、塩気のきいたおにぎりのおいしいこと。

無我夢中で一生懸命やったことが認められたときのうれしさといったら!?

モノの価値を安いか高いか、量が多いか少ないかで語ることなく、物事の本質を見極めること、そして「これは私にふさわしい」または「私にはふさわしくない」と言い切ること。

モノにあふれて暮らすことなく、心もいっぱいいっぱいじゃなく、本当の意味でのゆとりある暮らしをすること。

そして大切なことは、なにかステキなことがあったとき、誰かに褒められたとき、素直にありがとうと口にすること。

こころのことはハーティ新宿

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2007年3月25日 (日)

偶然というluckをつかむには2

少し前に偶然というluckをつかむにはという記事をentryしたのですが、今日はどうやってそのステキな偶然をつかむことができるかお話いたしますね。

セッションにおいて「ありのままの自分を受け容れること」というと「難しいですよねぇ、がんばります」と皆さんおっしゃいますが、がんばると口になさる段階でありのままの自分を受け容れていないんだなあと思います、、、実は偶然というluckをつかむ感覚と、ありのままの自分を受け容れることと、非常に似た感覚なのです。

がんばる=今より違うなにかに変わる必要はないのです。

今自分がどんな境遇に置かれているか、状態であるかをまず把握するのです。

今おかれている状況が嘆かわしいものでしょうか?

嘆かわしく思う方は、せめて今まで生きてこられたことに感謝してみませんか?

今朝家をでていろんなことがあってもまたベッドで眠りにつくことができることに感謝の言葉を言ってみませんか?

*私は毎晩、その日出会った人全員の名前を口にだしありがとうといいます。*メールを頂いた方にもありがとうですね!そうしてその人たちの明日が今日よりちょっとずつ幸せなものでありますようお祈りします。そうしておやすみなさいを口にしているうちに寝てしまいます。

そんなつまらなくも平凡な、そしてある意味たわいのない感謝の言葉を繰り返すうちに、人と自分を比べなくなってまいります。また感謝する相手の顔を思い浮かべるうちに、自分の存在もなかなか捨てたものじゃないと、自分の境遇を嘆かわしく思うこともなくなり、日々この世に生かされているという事実=ありのままの自分を受け容れることができるようになっていくことでしょう。

3に続きます。お楽しみに!

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2007年3月20日 (火)

ぼけぼけのすすめ

血圧低いせいにするわけではないですが、いつもぼーっとしております。

朝起きられますか?

この質問は愚問です。社会人なので起きます。しかしその後がひどいのですよ。あちこちひっくり返し、その辺に衝突しながら朝の支度をすると、なんだか疲れてしまい気づくとへたりこんでいるのです。

いけない、いけない。

なんとか身支度をして家をでますと、忘れ物に気づき家にかけもどります。しかしいざ定位置を探すと見当たりません。真っ青になってその辺をまたひっくりかえします。

そこでカバンを開けると、、、、、ちゃんと入っております。妄想、脅迫観念強しの不安神経症。そうして大慌てで飛び出すのです。ちなみに血圧は40の80ぐらいです。

まったくあなたって人はエンジンかかるのが遅いんだから!

これは私の母親がいつもぼーっとしている私に対して、しょっちゅう口にする言葉でしたが、「早くしなさい」と言われることはなかったですね。

もともと体が弱く、休みがちだったのもありますが、スロースターターでもいい、きっと追いつくから、、ということでしょうか?

みなさんは小さいころどんなお子さんでしたか?

よかったら今度聞かせてくださいね。自分をふりかえる作業ってとっても大切なことなんですよ。ただふりかえるのでなく、誰かとそれをシェアすることで認知のゆがみを正したり感動をわかちあえるのです。

そんなぼーっとした人間である反面、切り替え上手で毎日一話完結で生きている私ですが、ここにきてさすがに危機感がつのってまいりました。

え?

3月に入ってから1日しか休んでませんよぉ。 なにせ決算期ですよぉ。キャリアのロールプレイイング試験間近ですよぉ。お待ちかねの青梅のトレイルレースもやってきますよぉ。

と、いろんなイベント目白押しなものですから、落ち着かないったらありゃしないのです。不安神経症で動悸が激しくなりそう

「そんな、気がするだけですよね、、、、いいですか、いっぱいいっぱいにならない方法はいくらでもあるのです。」とカウンセラー的な自分つっこみに対して、「え、本当ですか?」とクライエント的な自分が瞳を輝かせます。

脳が疲れて、夜中目が冴えてしまうのは交感神経と副交感神経のバランスが崩れてしまっているからです。そういうときは眠剤をのんでもかまわないのですが、やはり日々の運動がモノをいいます。

私の場合は走るか泳ぐか。

深い呼吸をしながら、きわめて単純な動作を繰り返す運動は、まるでメディテーションです。人の少ない早朝の都心。芽吹いたばかりの赤い木々の芽を眺めたり、沈丁花の香りを楽しみながら汗をかくと気分爽快、無機質で一切音のしない大きなプールで泳ぐと、頭がどんどんクリアになってまいります=ここで良いことも悪いこともすべての記憶が飛ぶのですね。ほどほどにしないと。

試験のことを考えないようにするのも不自然ですし、考えすぎるのも疲れてしまいます。そんなときは用意した資料を徹底的にアナライズ、およびひとり演習。自分がクライエントになってみたり、カウンセラーになってみたり、、、少々笑えますが、私達の普段は事例検討、ロールプレイ、スーパーヴァイズの連続で鍛えられるのですよ。

あとはひたすら掃除をすることで精神修養!空気の入れ替えをして掃除をすると良い気が流れ出します。

そしてとにかく良い睡眠をとること。枕元にはオーガニックのアロマオイルを練りこんだ石鹸、ローズクォーツ、アメジストといった水晶をおいてあります。はあ、うっとり。

ここまで書いて気づきました。目標にむかってどう努力するかじゃなくて、いかに日々心地よく暮らすか論=ぼけぼけのすすめを書いてしまいました。

ただね、、、ぼーっとしてる、ぼーっとしてるって言われても、いつも感謝を忘れず笑顔で暮らせる自分でいることも大切だと思うから、、、、

どうか偶然というluckをつかむにはの続きはもう少しお待ちくださいね。

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2007年3月16日 (金)

ビスコッティでもいいんですけれどぉ

偶然というluckをつかむには」の続きがすすんでなくて申し訳ないです。

えーと、、、バレンタインにチョコレートをくださったカワイイ姫君たちにお返しのビスコッティなど焼いていたのですね。

「買えばいいじゃん」と言われるかもしれませんが、じつはけっこうたくさんで、、、

それになにより店に行く時間がないのです。そこで思うのです。カワイイ姫君たちにコンビニなんてあんまりじゃありませんか?ドンキホーテもあんまりですよ。

それでは家にある材料でなんか作ろうではありませんか!?そこで深夜家の中が甘い甘い香りでいっぱい。私が手作りする理由はそんなのもあるのです。

ところで、、、

なぜか日本ではビスコッティビスコッティなのですが、ビスコッティってイタリア語ではビスケットすなわちクッキーというあくまで総称。

で、これはカントゥッチーニという名前が正式名称です、固いので濃いコーヒーやヴィンサントというデザートワインに浸しながらいただくものです。

そもそもイタリアのパンはガッチンガッチン!トスカーナのパンなんて塩も入っていなくて水と粉だけで作ります。
塩を入れると水を呼ぶ=しけってしまうから日持ちするように塩さえいれないということなんですね。

ところでこのヴィンサントがたまらなくおいしいのです!しかし日本ではそうそう手に入らないですし入ってもお値段が高いんですよね。F4f26f58c5fc45725d8a5e255d0a9a0c

ガクっ。

レシピはcookpadでごらんくださいね。

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2007年3月14日 (水)

おいしいパン屋さんの紹介 シーバーとタンネ

自分でも酵母をおこしてパンを焼きますが、パン屋さんめぐりも好きです。

先日用があってでかけた神奈川伊勢原あたり。

本当はブノワトンに行きたかったのですが時間があわず、こちらパン酵母シーバさんへhttp://www.shi-ba.co.jp/211712bf60616a5bd164662fb896b7d3

自家製天然酵母ではかなり古いお店で、10年以上前の自然食通信社の本にのっているのをみたのが最初。

次から次へいらっしゃるお客様、品揃えも豊富で街のパン屋さんって感じが好感高し。

ところかわって日本橋水天宮のタンネさん。http://tokyo.gourmet.livedoor.com/restaurant/info/22053.html
http://diary.jp.aol.com/ezqygyk/672eac4ea20691c2081896bc217cb794

ドイツパンというと黒くてライ麦のボソボソしたの、そうイメージが強いですが、こちらはもっちもちとひきの強いパンが食べれます。

実はドイツのパンってすごく種類が多いそうです。

ドイツに行った人に聞くとみんなパンがおいしかったぁ、チーズもおいしかったぁと言います。

ドイツ人の友達もたくさんいますが、国民性なのでしょうか、、、

彼らは控えめですし、あんまり自慢をしたりする宣伝しないですが、本当はおいしいものステキなものたくさんありそうです。

こちらで写真つきで紹介しております→cookpad

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2007年3月10日 (土)

偶然というluckをつかむには1

偶然はいつも天からふっている。

そう

いつもそこにある。

それをつかむかどうかはあなた次第。

あなたはそんな偶然いつでもwelcomeな人ですか?

それともそんな偶然恐れてる人ですか?

たとえばこんな言葉

どうせ私なんか、、、、

やっぱダメだよね、、、

ムリですよ、、、、

そんなこと言われても、、、、

いやいやまぐれみたいなもんで

そういうネガティブな言葉を口になさる方けっこういらっしゃると思います。

残念ですがそういう方はせっかくの「偶然=チャンス=luck」をつかみそこねてしまいます。

また先日お話いたしましたが、頭や心が「いっぱいいっぱい」の方も、そんなステキな偶然つかむ余裕なさそうですよね。

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2007年3月 8日 (木)

いっぱいいっぱいって?!その2

先回は体の「いっぱいいっぱい」についてお話いたしましたが、今日は頭や心の「いっぱいいっぱい」についてお話いたしますね。

うぅーん、企画書を来週水曜日まで仕上げろって言われても、無理だよ。厳しいよ。」

「よーし抗議しよう!」まっこうから臨戦態勢に入るのか、

「やーめた、バカバカしい?!」あっさり敵前逃亡なさるのか、

もしくは「私に任せた上司がいけない!」とぶうぶう文句言いながら作業にとりかかるか。

せっかく任された仕事です。まずは深呼吸なさって、この場合の「無理だ、厳しい」の裏にある感情や、自分のおかれた状況を分析してみましょう。

  1. 企画そのものがあがらなくて苦しい。
  2. 期日が短いことが苦しい。
  3. 他のことも重なっていて苦しい。
  4. 子供のことで今は心中おだやかじゃない。
  5. 恋人とずーっと会っていないのにまた会えないと不安。

そんな感じのことが頭や心の中でザワザワしているかもしれませんね。

では1について考えてみましょう。

企画案そのものがあがらない?!あなたが完璧主義者なら別ですが、次から次と新しいものが生まれる世の中です。どうか「未来永劫語られる完璧さ」を追求することなく、まずは「叩き台」をあげるぐらいの気持ちでのぞんでみてはいかがでしょうか?

2は期日はもう動かせないという焦り。

もし企画が頭にあるのでしたら、それはすばらしいことです。誰かに手伝ってもらうことはできませんか?実はただただパワポが苦手、プレゼンの現場が苦手な自分がいるだけかもしれませんよ。

3に関して

他のことがある上で任されたということは、あなたに余力がありそうにみえたからかもしれませんね。はたして余力はありますか?ないのに任されてしまったというのなら、あなたに任せた人間がいけないのか任されたあなたがいけないのか?

こういうとき「任された」と受動態で考えずに、自分を主語にして能動態で語ってみましょう。「私は企画書を水曜まで仕上げることを引き受けた」=「あなたが引き受けた」ということもできますね。

とんでもないっ、無理やり引き受けさせられたのです!

と、まだ受動態で抗議なさる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなあなたは普段から引き受けざるをえない状況を作ってしまう、ちょっとお人よしさんなのかもしれませんので、まずはそういう自分をしっかり把握することです。こういうタイプは女性に多いのですが、主人が子供が、上司が誰が彼が、、、、、と、「自分は」がない生き方をしがちです。

4に関して

お子さんのことで心中おだやかじゃないときに、いそぎの仕事を任されてしまったのですね。これも3と重複いたしますが、日頃から周囲とよくコミュニケーションをとり自分のおかれている状況を理解してもらうことで余裕がうまれてきます。助け舟はだまっていてもでてくるものではありません。

まずは夫に相談なさること。もちろん、お子さんがある程度、理解できる能力のある年齢でしたら、ご自分の仕事について、目線を合わせて話してみるのもひとつですが、あまり小さいとそうはいかないですね。

いずれにせよ、自分の味方を増やすことでずいぶん状況は違ってまいります。

最後は5の恋人との関係

恋人はあなたの仕事を理解してくれてますか?あなたの仕事を理解してくれる恋人でしたら、あなたの状況を応援して支えになってくれるものではないでしょうか?

恋から愛へかわる段階で、絆は太くなるものです。たとえ会えない時間をすごそうと、互いを思いやり尊重し高められる関係を築いていくことで、ここぞという時に良い仕事もできるものではないでしょうか?

1から5まで分析してみましたが、自分のおかれる状況を把握することで、感情的になることなく次のアクションを考えることができ、ずいぶんラクになってくると思います。

ただ、なにより日頃のコミュニケーションがモノを言います。自分の味方を増やすこと、助けてくれる仲間を作ること、いざというときにそういう人物の存在がいるかどうかで余裕ができるということがわかると思います。

もしかしてなんでもかんでも自分でやろうとするから「いっぱいいっぱい」なだけで、本当はあなたを助けてくれる存在は周囲を見渡せば、たくさんはいなくても、、、ひとりぐらいいるのではないでしょうか?

ちょっといいですか?」

「実はね、、、」

まずは、そうやって自分の置かれている状況や、日頃思っていることを率直に口にしてみてはいかがでしょうか?

こころのことはハーティ新宿

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2007年3月 5日 (月)

いっぱいいっぱいって?!その1

誰でも多かれ少なかれ悩みや問題を抱えているものです。

仕事がいそがしくてクタクタ

恋に疲れて食欲なし

嫁姑の問題で頭がいたい。

何度も申し上げてまいりましたが、悩みや問題そのものは悪いものじゃないと思うのです。ただ、それにとらわれてしまって前へすすめなくなってしまうことが問題だと思われます。

しかしその悩みや問題があっさりと解決するなんてことはそうそうありませんし、考えないようにしろというのも酷なことです。だいたい、、、考えないようにすればするほどドつぼにはまるのが常ではないでしょうか?またポジティヴシンキングと言って「くよくよするのはやーめた!」と問題から目を背けることも疑問です。

ではどうしたらよいでしょうか?

知りたいですよね。

ハーイ!!

ところで皆さん、余裕のないときに「いっぱいいっぱい」といいますが、その「いっぱいいっぱい」って、なにがどのぐらい「いっぱい」なのか考えてみたことはありますか?

本当にすべてが「いっぱいいっぱい」なのでしょうか?

ということで、今回の連載は、頭、心、体、どこがどのような感じでいっぱいになっているのかを感じてみるワークについてお話しようと思います。

たとえば身体の痛みはわかりやすいですね。

私は来月トレイルランのレースにエントリィしたので、このところ走りこんでいるのですが、毎日太ももからお尻にかけてすごく痛いです、ふくらはぎもパンパンで寝ていて何度もつりそうになります。まるで下半身の筋肉が悲鳴をあげているようです。

しかし、、、、毎日元気なんですよね、、、、、

ようは「下半身の筋肉」が悲鳴をあげているだけであって、上半身はピンピンしておりますし、当然頭も心も余裕があるって毎日チャキチャキしております。

では状況をレース本番に想定しましょう。

緊張の中、心臓ドッキドキでスタートするのですが、当然ずーっと苦しいです。

しかしマゾヒスティックに「苦しい苦しい」言っていてもしょうがないので、いったい自分の体のどこがどのようにツライかをさぐりながら走ります。

上り坂と下り坂では当然使う筋肉が違います。今は裏側が痛い、今度は表側にきた。あれれっお腹が痛くなってきた。今度は右の足首が痛い。肺は大丈夫?!全然OK!!よしまだ頑張れる。

そうやって苦しいところを確認することで、どこまでふんばりがきくか自分の状態を把握していきます。体があたたまる前とあたたまったあとでは痛くなる場所が違いますし、乳酸がたまってくると動かなくなってくるところもでてきます。ただ漠然と苦しいじゃなくて、今、どこがどのように苦しいのか、それは痛みかしびれか、疲労か?それはムリがきくものか、一過性のものか、、、、そんなことを確認するわけです。

そして最後のスパートは、たとえ足がもつれそうになってヨロヨロしたとしても、残っているすべての力を振り絞り腕を振り切ってゴールするのです。

このように肉体の「いっぱいいっぱい」は把握しやすいですが、頭や心の「いっぱいいっぱい」だって、ちゃんと把握することができます。そして「いっぱいいっぱい」の程度や状態を把握することによって、次のアクションを考えることができ心の余裕を見出すことができるのです。

余裕がない?それが口癖のあなた。

次回は頭や心の「いっぱいいっぱい」を探っていきましょう。

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