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2007年1月27日 (土)

自己研鑽してます!!

今日から秋の試験にむけての勉強が始まりました。

資格って、あなた肩書きが欲しいわけ?

そういうことを言ってくる方もいらっしゃいますし,これを読んでいる皆様は私が未だ勉強している身ということに対して不安をおぼえたりなさるかもしれませんね。

しかし私にとって資格がはじめにあるわけでなくて、あくまで勉強した結果を認定していただくということなのですよね。また不安に感じられた方は昨日の日記をお読みくださいね。

さてこういう質問をされることがあります。

カウンセラーになるにはどうすればいいのですか?

どうやってカウンセラーになったのですか?

まず、独学でカウンセリングを勉強、、、、できません!通信教育も大いに疑問でございます。ちなみに私は臨床心理士という資格は授かっておりません。なにぶん学生時代にはカウンセラーという進路など想像することさえありませんでしたから、、、、

さて、私は某団体でこの勉強を始めて10年ですが、いまだに継続研修およびスーパーヴィジョンをうけております、、、一度認定資格をとって終わりなのでなく、ちゃんと話を聴くことができているか、謙虚な気持ちでクライアントにむかいあっているか、、、、それを確認するためにはそういった研修がある種の義務でもあるのです。*イタリアでもセラピストのスーパーヴィジョンは義務化されております。

なによりカウンセリングというダイアローグ;言語によるセラピーにおいて、もっとも大切なことは人とのかかわりだと思いますし、人とかかわる上での自分の自我状態を把握することにつきると思います。よって臨床数をふむにつきる!のではないかと思います。

また心理学とは実証理論じゃなくてあくまで概論です。大学では統計との取り組みに大部分の時間を割くのが実際です。また机上の学問として精神分析を学んだとしても、今ここでの自分の心の揺れ、人の心の揺れはライブでしかわかりえないものです。

グループダイナミズムといって、構成的、非構成的問わずグループワークによっておこる気づきの大きさや、アートセラピーで絵を皆でシェアしてみること、音楽やリズムから感じたことを伝え合うことなどによって、心と体を解放し自分を受け容れ他人を受け容れていくことができます。

ですから「資格なんて、お勉強なんて」という皆様の想像なさる「お勉強」は机にむかってドリルをやるようなお勉強なのでしょうけれど、我々の指す勉強とはあくまで自己研鑽、自己開示というように自分に向き合う時間なのです。

事例検討といっても、それぞれによって感じるところが違えば、それに対しての読み解きは違います。喧々諤々自分の感じたことを率直に伝え、相手の感じたことを受容していく作業が続きます。時には認めたくない自分の姿に苦しさをおぼえたり、誰かの思わぬ言葉に傷つく自分を感じながら研鑽を積むのです。

しかしそうやって学びを共にした仲間、先生、ファシリテーターの皆さんは、一種の戦友のような同期の桜魂で強く結ばれるもので、プライベートで会ったりおしゃべりすることはあまりなくても「あのとき受けとめてもらった」「あの人のあの言葉で救われた」そういう思いで深く深く結びついているのです。

そしてそういう自分を受け容れてもらう体験を積めば積んだだけ、今度は人を信じること、愛すること、受け容れることができるようになるのです。

さて今日はこんなところでお昼をいただきました。

富士山の野菜塾名前そのままおいしい野菜たっぷりのランチブッフェを味わうことができます。根菜たっぷりで体も温まりますし、美容にも良いですね。

とゆうことでハーティの春はさらなる自己研鑽の日々です。

突然、素で恐縮ではありますがどうか皆様応援よろしくお願いいたします。

こころのことはハーティ新宿

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